韓国音楽事情 川上英雄(音楽評論家)
勢い増す在日・日本人歌手上陸
今年6月に韓国政府が発表した、いわゆる日本大衆文化の第3次開放に呼応し、これまで最大の規模で開催された日本人歌手、CHAGE&ASKAのソウル公演(韓国女性基金主催)が国内外で大きな反響を巻き起こしている。
すでに日本のマスコミでもたびたび報道されたが、八月二十七、二十八日の二日間、蚕室体操競技場を満員にした同公演は、韓国政府文化観光部が後援した国を挙げての一大文化交流事業となった。
同時に英語版とはいえ、アルバムも発売され好調な売れ行きを見せている。二人の成功をバネに、秋に向かって日本人および在日系アーティストの韓国上陸が一気に進展しそうな勢いを見せている。
その戦陣を切って以前このコーナーでも紹介した異色の大物ブルース歌手、新井英一の韓国デビューがこの11月に実現する。
韓国系日本人として、日本名での韓国デビューが念願だった新井は、父君の生まれ故郷である清河を訪ねる自らの胸中を歌につづった「清河への道」が日本で高い評価を得たのは記憶に新しい。過去十年間、韓国サイドからのあまたの熱心なアプローチを時期尚早として振り切った経緯もあって、まさに満を持しての念願達成となる。
十月下旬から十一月初旬にかけて全曲韓国語によるオリジナル・アルバムをJAVEエンタテインメントから発売(発売日未定)後、十一月十一日に延世大学百周年記念館で初のデビュー記念コンサートを予定している。
韓国人と日本人の血をひく自らのアイデンティティーとその音楽を、父の国の聴衆にもアピールしたいと語る新井の熱いスピリットが海峡を越えてどう伝わっていくのか大いに注目したいところだ。
さて、クラシック畑での日韓音楽交流はこれまでも、発禁措置からやや距離を置いたポジションに位置してきたためかさほど大きな話題を提供することはなかったが、日本のオペラ界でユニークな個性で注目を集める田月仙が昨年、ビクターエンタテインメントから発表したアルバム「高麗山河わが愛」の韓国語版を最近、現地で発売し注目を集めている。
東京生まれの在日コリアン二世の田は、二期会所属のオペラ歌手として華々しい活躍を続けているが、特に八五年、平壌で開催された世界音楽祭に招待され公演。また、九四年には「ソウル定都六〇〇年」を記念し、芸術の殿堂オペラハウスで上演された「カルメン」のタイトルロールを演じ、南北で公演した“歌姫”として話題を呼んだのも記憶に新しい。
九八年十月、彼女は東京都とソウル特別市の友好都市十周年の親善大使として韓国で「赤とんぼ」や「浜千鳥」を披露。しかし、当初予定されていた日本歌謡「夜明けの歌」(いずみたく作曲)には当局の許可が下りなかったこともあって、同様に日本語歌曲を加え二カ国語版発売を試みにソフト内容を変更、結局、韓国デビュー・アルバムは日本盤とはタイトルこそ同じだが、異なる仕様でのリリースとなった。
このようにいまだ日本語楽曲発売へのハードルは高いが、その隙間をぬって浸透するJポップの最新動向についても紹介しておきたい。
ソウルの副都心、江南の大型書店や世宗路の教保文庫など音楽ソフトを売っている店をのぞけば一目瞭然だが、このところJポップのコンピレーション盤や人気アーチストの英語版アルバムなどが若者たちのトレンドとして注目を集めている。
中でも、米国のヴァージンレコードと契約し日本でも引き続き絶大な人気を誇るバンド、ドリームズ・カム・トゥルー(DREAMS COME TRUE)の英語版アルバムが遂にリリースとなった。
九〇年代後半に米韓公演も行っているので、一時ソウルでのライヴ版が発売されるとの情報もあったが、チャゲ&飛鳥の公演成功と前後して発売が実現した。
また、今月三十日に人気フュージョン・グループ、カシオペアの韓国公演が久々に開催される。十月にはJAVEエンタテインメントから二十周年記念のライヴ盤の発売も計画中で、ジャズ、フュージョン・ファンに大きな話題を提供している。
さらにこの五月にポニー・キャニオンから発売されたX―JAPAN、安室奈美恵、グレイ、スピード、SMAPなどの代表作の英語カヴァー集「NOW JAPAN」もコンスタントに売れており、日本歌謡ブームの一翼を担っている。
いずれにせよ、現地では台湾、香港なみのJポップ・シンクロ化現象が加速するのは必至で、今後のに日韓音楽交流はアジア圏では類を見ないユニークなものになっていくことだろう。