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2001/08/03

<韓国文化>韓国の人気ミュージカル「地下鉄1号線」を見て

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    『地下鉄1号線』のワンシーン、ソウルの裏町に暮らす人々

 韓国でロングラン上演中の話題のミュージカル「地下鉄1号線」が、今秋日本で上演される。ソウルに恋人を追って来た中国・朝鮮族の女性の姿を通して、社会矛盾を描いた作品だ。先日、ソウルで観劇した松丸亜希子さん(32)に寄稿してもらった。

 この秋、知る人ぞ知る東洋のミュージカル大国、韓国から、ソウルでロングラン記録を更新中のロックミュージカル、『地下鉄1号線』が日本にやってくる。

 ベルリンの地下鉄1号線を舞台にした、フォルカー・ルードヴィッヒ原作のミュージカル、『Linie 1』をベースに、舞台をソウルに移し、韓国版『地下鉄1号線』として新たに再生されたこの作品は、上演回数1200回、動員数18万人というメガヒットで、韓国演劇史に金字塔を打ち立てた。

 韓国映画好きなら、『ペパーミント・キャンディー』(イ・チャンドン監督)での熱演も記憶に新しいソル・ギョングが、かつて本作の舞台に立ったことで興味をそそられるかもしれない。そして韓国音楽好きなら、本作の脚本、演出を手掛けている金敏基の名前には心当たりがあるだろう。70年代にミュージシャンとして活躍した彼は、人々の心に刻み込まれた不朽の名曲、『朝露』の作者である。

 反体制のシンボルとして抑圧された時代を経て、80年代の終わりに舞台芸術の創作活動で再出発、94年に生み出したのがこの『地下鉄1号線』なのだ。

 そんなわずかな予備知識だけを仕込んで、ソウルのハクチョン・グリーン劇場で『地下鉄1号線』を観た。

 劇場がある大学路は、東京で言えば下北沢のような小劇場やライブハウスがひしめく若者の街である。劇場は若い観客で埋め尽くされ、座席からあふれた人々が階段にも座っているという大盛況だ。

 幕が開き、まずは音楽に圧倒された。ステージの上方に5人編成のバンド、「無賃乗車」のシルエットが浮かび上がり、彼らの奏でる音楽が地鳴りのように響き渡り、心を揺さぶられる。

 そしてキャストたち。歌唱力のすばらしさは言うまでもなく、エンターテイナーぶりを発揮する彼らの個性と魅力に心酔したまま観客は一体となり、地下鉄1号線は二時間半を疾走した。

 ストーリーはこうだ。ある朝、ソウル駅に降り立った若い娘ソンニョ。彼女は中国・延辺に住む朝鮮族で、白頭山で恋に落ちた青年を追ってやってきた。

 ソウル駅から地下鉄1号線に乗り、彼から聞いた住所を訪ねる途上で、失業者、エセ宣教師、売春婦、犯罪者など、日頃スポットライトが当たることのないさまざまな人々と出会う。

 ソンニョと彼らとの会話により、ソウルの「ありのままの姿」が活写される。めまぐるしい変化のうずの中にあるソウルの現状に合わせて脚本も改訂を重ね、現在は第6版だという。

 「中国の朝鮮族」という異邦人の目を通して見る、大都市ソウルの空虚と絶望。辛辣な社会風刺はソウルへのあふれる愛情に裏打ちされたものだ。

 「それでも今ここ、ソウルに生きている!」という実感と、ソンニョがソウルで得た自立と再出発への希望。長い一日を終え、ソウル発の終電で故郷の延辺へ帰るソンニョ。ソウルから延辺へ? 38度線は?! 

 常にフレッシュな話題を盛り込んだ『地下鉄1号線』の次の改訂版では、イデオロギーの対立が過去の話として語られるかもしれない。

 南北の対立ムードがゆっくりと溶け、韓国と日本の交流も深まる今、リアルなソウルを見つけに『地下鉄1号線』に乗って行こう。