圧倒される奇想天外な詩の魅力
「放浪天才詩人 金笠」 崔碩義 著
本書は、朝鮮朝末期に全国を放浪しながら数多くの詩を書き残した天才詩人、金笠(キムサッカ)の日本での初めての本格的な金笠評伝である。詩といえば食わず嫌いの人もいるが、奇想天外とでもいうべき詩の魅力に圧倒されるだろう。本書には、その代表作60数編が収められている。
松松栢栢岩岩廻/水水山山処処奇<松と松、柏と柏、岩と岩のあいだを廻ると/水また水、山また山、至るところが奇景だ>
難しい字を一字も使わず金剛山を簡潔かつ絶妙に表現しており、えも言われない効果をあげている。
金笠の詩はまた、胸のすくような毒舌と、笑いを誘うような詩句が多く、庶民はたちまちその虜になる。例えば、吉州と明川地方で受けた冷遇を次のように痛烈に皮肉っている。
吉州吉州不吉州/許可許可不許可/明川明川人不明/魚佃魚佃食無魚<吉州吉州というけれど、ここはそんなにめでたい町ではない/許可する許可するといいながら(一泊も)許可しようとしない/明川明川と呼ぶけれど、そこに住む人は明るくない(愚かだ)/のらりくらりしながら魚の一匹も食べさせてくれない>
詩の中の許可(韓国語でホガ)は、この地方で多く住む許氏をもじっており、魚佃は漁村の地名であるが、音読すると一転してのらりくらりというもう一つの別の意味になるところが、この詩のポイントで、何とも奇抜な詩だ。
著者は、金笠の詩を「まことに変幻自在で魅力的だ」と評しているが、その漢詩の説明が実に分かりやすく見事だ。
どの国の放浪詩人も、その民族と風土が生み出したものであるが、この本を読めば韓国文化の神髄が分かったように思えるから不思議だ。
全編にあふれる友好への思い
「日韓あわせ鏡」 徐賢燮 著
現横浜総領事の著者が、駐福岡総領事として過ごした2年9カ月の経験をまとめたものだ。外交官のイメージからはほど遠い、気さくでユーモアにあふれた文章から著者の人柄がしのばれる。話題が豊富で読んでいてあきない。著者の長女が担当した挿し絵もほのぼのとしてよい。
「旅人の自画像」「韓国人の肖像」「九州で出会った日本人」「日韓しあわせ鏡」の四つの章からなっており、韓日の文化の違いや友好について感じたことがつづられており、そのための提言も随所にある。もともと地元の西日本新聞に連載した50回のエッセーが好評で、新たに30編を加筆して本になった。
著者は、韓日が互いを認識しようとする態度の違いがこれまであまりにも大きかった、と指摘する。韓国が日本を見るのは直感的でイメージ的、韓国を見る日本人の認識の態度は分析的、として常日ごろから隣国をありのまま見ることの重要性を強調している。そのことば通り、本書にはありのまま見た日本、日本人が登場する。
NHKの番組に出演したり、「名士しか乗れない」博多祇園山笠の台に乗ったり、朝鮮通信使行列に参加するなど、行動的で大いに“外交手腕”を発揮している。
「韓国外務省でも屈指の日本通」といわれる著者だからこそ書けた本ともいえるが、韓日の友好への強い思いが本書の全編から伝わって来て希望がわいてくる。教科書問題で両国がぎくしゃくしているこのようなときこそ、手に取ってみたい本だ。
通訳の苦労とすばらしさを実感
「韓国語通訳」 崔愛子 著
韓日関係が急速に改善し、両国民の交流が活性化しており、W杯を来年に控え、交流はさらに拡大する傾向にある。それに伴って、韓日の通訳者の需要が増えているが、英語などと比べその絶対数は不足している。
本書は、韓国語通訳者がほとんどいなかった80年代初めに通訳者になった在日女性の体験談をつづったもので、通訳者になるにはどのような条件を備え、どのような勉強が必要か、懇切ていねいに解説している。特に通訳技術の習得について、訓練の仕方、メモの取り方、通訳現場でのチェックなど具体的な事柄を自らの体験を通して教示しており、これから通訳をめざす人には格好の教材となるだろう。
例えば、日本語のニュースをそのままアナウンサーについて日本語で復唱し、聞き取りと音読の訓練を繰り返すなど、具体的な練習方法は大いに役立つ。さらに「戦後」という単語は、韓国語では「6・25戦争」(韓国戦争)後の意味で使うことが多いといったような注意すべき語句についても解説しており、非常に実践的だ。
著者は98年10月の金大中大統領訪日の際、大阪での歓迎晩餐会の司会兼通訳を担当、数多くの国際会議をこなすなどベテランの通訳者で、その体験談は説得力がある。「通訳の現場では語学力だけが試されるのではなく、人間性をも問われる」と著者は書いているが、この本は通訳という職業の苦労と素晴らしさを改めて実感させてくれる。