さる5月下旬に、今年3度目の音楽取材で訪韓する機会を得たので、初夏から夏本番へ向けて現地でリポートした最新音楽事情を紹介していこう。
このところ中国や香港・台湾で猛威を振るう新型肺炎SARSの影響で極東および東南アジアの産業界が大きなダメージを受けているが、ご多分にもれずエンタテインメント・フィールドでも欧米ミュージシャンの公演中止などが相次いでいる。
5月下旬の時点で被害を水際防止している韓国においても、マライア・キャリーのソウル公演が中止された。このところ徐々に深刻化する国内経済の悪化も相まって音楽・映像ソフトの売り上げも急速に減少している。例えば、国内洋楽ヒット・チャートで上位を占めるマドンナの新作アルバムの月間売り上げが約8000枚足らずと、業界関係者も青息吐息の状態で、日本に負けず劣らず不況の波は日一日と韓国社会にも影を落としている。
そんな暗いムードが漂うKポップ・シーンでひとり気を吐いているのがジャズやアコースティックを中心としたJポップ・アーティストと日本を意識して制作された現地歌手のアルバムだ。ダントツの売り上げを更新をするアコースティック・ピアノの倉本裕基やギターの村治佳織を筆頭に、ジャズ・フュージョンの雄カシオペアらもコンスタントにアルバムを発売し手堅い人気をキープ、そのいずれもが毎年恒例の韓国公演を成功させて話題を呼んでいる。
さらにポップス畑では、昨年のサッカー・ワールドカップ日韓共催と前後してアルバムが発売されたB’ZやHYDE RONTGEN(レントゲン)らロック系アーティストの認知度が着実に上昇しつつあり、香港や台湾市場とは一味違った日本人アーティストの業界シェアが一段とユニークな動きを見せている。
かつて米国の世界的ロック・グループDEEE-LITEのメンバーとして活躍し、現在は東京を中心にボーダレスなマルチ・サウンド・クリエーターとして活躍する在日コリアン2世のテイトウワの来韓コンサート開催およびベスト・アルバム発売が実現したのも記憶に新しい 。
国内のKポップ・シーンに目をやれば、香港や台湾、シンガポールでは80年代末に見られた現地男性が日本女性に恋する感情を歌詞に託し歌うポップスが、こちら韓国でも遂に出現した 。人気バラード歌手キム・クァンジンの第4作アルバム「東京少女」(ソウル音盤)がそれで、東京の都電が走る下町の風景や表参道など、フツーの日本の日常をコラージュしたサウンド・コンセプトが面白く、キムのメロウなヴォーカルが出色の仕上がりぶりを示している。
また音楽産業界に目をやれば、欧米メジャー系のEMI、ワーナー、ユニバーサル、日系のソニーなど、規模の面では遠く及ばないものの、不況下でも元気いっぱいの 中小独立系レーベルが日本資本と提携音源をライセンス発売する例もめっきり増えてきている。
韓国で最初に外資系レコード会社を立ち上げた国際的経験も豊富な人物として知られる、元EMIコリア社長の李寛哲氏が、日韓のショー・ビジネス界で幅広い人脈を誇るJAVEエンタテインメントの李榮一氏と組んで、最近2枚のJポップ・ジャズのソフトを現地でリリースした。
おりからのアコースティック・ジャズ・ブームの中、ケニー・ジェームス・トリオによる「井上陽水編」と「竹内まりや編」が、アダルト志向な音楽ファンの間で評判は上々だ。人気が下降気味の艶歌(トロット)シーンでも、男性歌手の林志昊が日本の吉幾三作詞作曲による新曲「漢江」(ソウル音盤)を発売し、大いに気を吐いている。
ベテランの羅勲児(ナ・フナ)も、W杯を記念して昨年韓国・日本の艶歌を日本語で収録した特別編集盤を発売したが、W杯を契機に韓国歌謡界は再び、その進路を東京へと向け始めたと言えそうだ。