◆ 米日韓反目を超えた提携 ヴィクター・D・チャ著
戦後50年以上も、韓日関係は対立と協調の間を揺れ動いてきた。それはなぜなのか。それを「擬似同盟理論」で解明したのが本書だ。この理論に従えば、国家の行動を決定する要因として、第3国もしくは共通の同盟国の存在を重視する。韓国と日本にとって、それはともに同盟関係にある米国である。
本書では、65年の国交正常化前夜から80年代にかけて、その揺れ動く韓日関係史の秘められた真実を掘り起こしているが、そこに米国の存在が圧倒的に大きいことが浮き彫りになってくる。韓日間には植民地支配ゆえの歴史的反目があるが、それを乗り越えて国交正常化交渉を実現した。
ベトナム戦争への介入が深まっていた米国が、同盟関係にあるこの地域の主要2カ国の関係を安定させることが急務となったことに決定的な意味がある。逆に、69年にアジアでの役割縮小を宣言したニクソンドクトリンを起点にその後3年間は、韓日の協調関係が続いた。米国からの「見捨てられ」の懸念が韓日を近づけさせたのであり、やはり歴史的反目がなくなったわけでない。
このような韓米日の三角関係の力学について、理論的に概念化し、因果関係を分析した結果、歴史的反目や感情的傾向がいかに強かろうと、それは長期にわたって国家行動のすべてを決定するものではないという結論を導き出している。著者は在米韓国人で、「ライジングスター」と評する人もいる新進気鋭の学者だ。船橋洋一監訳、倉田秀也訳。(有斐閣、A5判、354㌻、4500円)
ヴィクター・D・チャ 1961年米国生まれ。コロンビア大学卒
業。コロンビア大学で政治学博士号取得。フーバー研究所
などを経てジョージタウン大学準教授。
◆ 許浚(ホジュン)上・下 李恩成著
朝鮮朝中期の実在の名医、許浚を描いた歴史小説である。上下1000㌻を超える大部ながら息つかせることなく読ませ、何度も目頭が熱くなる。こんなにも切なく、しかも力強い本にはめったに出合えるない。
本書は史実をもとにしているが、大胆にフィクションも取り入れて物語を分かりやすくしている。いまから430年ほど前、許浚は身分的に最底辺の卑賤の生まれから脱すべく、母親ともとに故郷の竜川(朝中国境の地)を脱出、たどり着いた山陰(韓国南部)の名医・柳義泰のもとで医術修行をする。血のにじむような努力の末、国王の医者にのぼりつめる。だが、壬申倭乱(豊臣秀吉軍の侵略)の悲劇が許浚と祖国を襲う。物語は未完のまま終わっている。著者が亡くなったからだ。
この後、「東医宝鑑」を著すまで許?は再びどんな血みどろな格闘を展開するのだろうか。その一端を訳者の朴菖熙氏が、「朝鮮王朝実録」などの文献をもとに「補章」で綴っている。
1610年に完成した全25巻の「東医宝鑑」は、当時の医学のあらゆる知識を網羅した百科全書で、今日にいたるまで貴重な臨床医学書としてその地位を保っている。貧しい人々のため3日3晩、夜を徹して治療にあたる超人的ひたむきさ。そのような透徹した理念と人間精神が世界に誇る医学書へと繋がっていく。波乱万丈の物語であり、主人公・許浚の強靭な意思に読者は必ずや勇気づけられることだろう。(桐原書店、四六判、上509㌻、下542㌻、各1900円)
イ・オンソン 1937年東京生まれの在日2世。解放と同時に
帰国。67年「東亜日報」新春文芸シナリオ部門に「錆びた線」
が当選。88年に心臓病で死去。
◆ 「日朝関係の克服」・「反ナショナリズム」 姜尚中著
在日2世の姜尚中・東京大学社会情報研究所教授はイラク情勢、北朝鮮問題などについて、国際政治学者、そして在日の立場から積極的な発言を続けている。このほど「日朝関係の克服-なぜ国交正常化交渉が必要なのか」(集英社新書、240㌻、680円)、「反ナショナリズム 帝国の妄想と国家の暴力に抗して」(教育史料出版会、A5判、288㌻、1900円)を同時出版し、今後の日本の進路について語っている。
「日朝関係の克服-なぜ国交正常化交渉が必要なのか」は、日朝交渉がもはや日本と北朝鮮2国間だけの問題ではなく、動き方を誤れば日本と北東アジア全体に破滅が訪れることを説明している。
姜教授はまず、最近の韓半島をめぐる危機は、「冷戦の孤島であった朝鮮半島にもやっとその終結が訪れつつあるとを示しておる」と述べ、そのような北東アジア全体の脱冷戦の潮流だからこそ、日朝平壌宣言に沿って日朝国交正常化を実現させることは、地域的な安全保障の枠組みを構築する貴重な一歩となると提言する。
日本人の拉致問題については、「国交が正常化されれば、拉致被害者とその家族の自由な往来は可能になり、真相解明と被害者の生死の確認、謝罪と補償も進展する」と主張する。日本のメディアが北朝鮮へのネガティブキャンペーン一色となる中、平和体制構築のための方策を提示した著者の提言は示唆にとんでいる。
そもそも朝鮮はなぜ南北に分断されたのか、韓国と日本、北朝鮮と日本、韓国と北朝鮮はそれぞれどういう関係をたどってきたのか、についての歴史的説明もわかりやすくなされ、日朝関係の入門書としても最適だ。
「反ナショナリズム 帝国の妄想と国家の暴力に抗して」は、著者がこの10年間、いろいろな媒体で発表した論文やエッセイ、講演や対談などをまとめたもので、反ナショナリズムを貫く著者の考えを伝えるメッセージともいえる。
戦争とは、ナショナリズムの歴史と現在、ナショナリズムと知識人、言語とナショナリズム、日本とナショナリズムの各項目ごとに、その歴史と問題点が語られる。
著者は米英軍によるイラク攻撃を、「妄想が生み出した破壊のための戦争(殺戮)で、積極的な破壊によってデモクラシーの理想を打ちたてようとする独善的な「妄想」が、愛国主義的な熱狂によって過激に増幅されつつある」と述べる。
最後に著者は日本が、「分断された朝鮮半島の『統一された国民国家への適応とその克服という』二重の課題に対して積極的な支援を通じて関与するなかで、『民族感情の悪循環』が断たれ、地域協力体のなかで新たな帰属意識とアイデンティティーを発見していくことを意味する」と強調する。在日韓国人も構成員に加えた新しい日本像を考えるうえで、勇気付けられる一冊である。
◆ アジア映画 四方田犬彦編
現在、世界中で年間約4000本の映画がつくられているが、その4分1がインド映画であり、韓国、中国、台湾といったアジア諸国の映画が世界の映画祭で話題をさらうなど、アジア映画の台頭が著しい。
本書は、欧米に偏っていた映画史のなかで、これまで正当に評価されてこなかったアジア映画にスポットを当てたもので、アジア映画の発展史、国ごとの特徴と作品の魅力などに迫った「アジア映画入門書」である。
著者は、ひとくくりにアジア映画と呼ぶことに反対する。アジアは国ごとに民族、宗教、文化が違い、植民地支配などの複雑な歴史的背景を抱えており、生まれる作品も多種多様、これがアジア映画の魅力だ。
著者の四方田犬彦氏を司会に、とちぎあきら、石坂健治、門間貴志の各氏による座談会「アジア映画の歴史と現在」は、韓国・朝鮮、中国、香港、台湾だけでなく、東南アジア、中近東、トルコなどの映画事情を詳しく紹介しており、興味深い。(作品社、A5判、190㌻、2000円)
◆ 北朝鮮弾道ミサイルの最高機密 李福九著
北朝鮮のミサイル開発や核疑惑が東アジアの安保を揺るがす最大の懸案事項となっているが、はたして北の軍事力はどれほどの脅威になるのか。北朝鮮のミサイルは、かなり精度が落ちるといった観測が流れているが、真実はどうなのか。
本書は、97年に北朝鮮を脱出して韓国に亡命した李福九氏の証言である。氏は北の最重要ミサイル開発基地である熙川38軍需工場で20年以上にわたりミサイル開発に携わっており、最高機密が暴露されている。
氏は、「北朝鮮の軍隊は時代遅れの装備で実践では役立たない」といった風評はまちがいだと否定し、無線機は東芝製を使うなど日本製の先端部品や機資材を軍需に転用しており、ミサイルの高性能は日本製品のおかげであり、潜水艇は日本の電子製品だらけだと驚くべき事実を暴露する。
氏は、北の脅威を阻止するには、まず日本製品の流出を食い止めろと強調する。本書を読むと、北のミサイルがいかに脅威となるか、認識を新たにさせられる。(徳間書店、四六判、220㌻、1600円)
◆ いらない日本、いる日本 月刊『望星』編集部編
閉塞感の漂う明日の見えない日本。バブル後の「失われた12年」という言い方がされるが、いまの閉塞感は経済面でのアプローチだけで説明できるものではない。社会全体の問題として捉える必要がありそうだ。
本書は、このような問題意識に応えるべく、①文明・環境②歴史・戦争③市民・政治④社会・制度⑤現代の犯罪⑥高齢社会⑦子ども・教育⑧新しい生き方に分けて、各分野で活躍する作家、評論家、ジャーナリスト、大学教授、映画監督ら40にインタビューしたものを収録している。いずれの語り口も、多くが体験に基づいているだけに新鮮であり、新しい事実に目を見開かされることだろう。
例えば、「戦後民主主義といいながら部落差別や在日韓国人朝鮮人差別は相変わらず」であり、「教育の目的を国や企業に役立つ人間を養成することだとのみ捉えて効率ばかり優先するのでは、その結果生まれる差別社会が経済も衰退させるだろう」という指摘は現代日本の一つの断面である。(東海教育研究所、A5判、224㌻、1700円)