在日3世の若手指揮者、金聖響さんが注目を集めている。新日本フィル、読売日響、東京都交響楽団などと共演し、最近では別府アルゲリッチ音楽祭で指揮を行い、好評を博した。金聖響さんに話を聞いた。
「ミッシャ・マイスキー、ドーラ・シュヴァルツベルクらの素晴らしいソリスト、そして技術、感性、気迫ともに見事な芸大オーケストラと共演できて、改めて音楽づくりの原点に戻ることができた。共演できたことを感謝したい。」
別府アルゲリッチ音楽祭に初登場して、満員の聴衆から大きな拍手を受けた金さんは、終演後こう語った。
次代を担う指揮者の一人として期待される金さんだが、最初はバイオリンを学んでいた。14歳から米国で生活を続けていたが、小澤征爾が指揮するタングルウッド音楽祭を見て衝撃を受けたことが、指揮者になるきっかけになった。
「あの指揮する姿を見て、これが自分の進む道と確信した。同音楽祭の学生合宿に参加して直接教えてもらったが、演奏はもちろん、いつも自然体の魅力あふれる人柄で、自分もこういう風に生きられたらと思った。生涯の師であり目標」
米国、そしてウィーンで学び、96年にポルトガルで行われた「第2回若手指揮者のための国際コンクール」で最高位を受賞。98年5月に世界的権威の「ニコライ・マルコ国際指揮者コンクール」で優勝し、一躍注目を浴びる存在になる。
「常に勉強、常に前進、常に苦しむ。好きなことをやっているから何も苦労は感じない。一音楽家として納得できる演奏は数少ないが、だからこそチャレンジする価値がある。クラシック音楽が開花したのは20世紀だ。昔はカリスマ的指揮者がいたが、いまは楽団員との共同作業で音楽を作っていく時代だ。練習を始めたら、その楽団がやりなれた演奏を聞いてみる。その中でしみついたものをはがし、やんわりと方向性を変えていく。衝突もあるが、それも大切な過程。そうやって力を引き出していく」
その曲が作られたときの時代、原点に戻るのが、金さんの目指す音楽づくりだ。
「例えばベートーベンは18世紀に生きた人。この時代の楽器の質、オーケストラの人数も今とは違う。楽譜を書き残した作曲家の気持ちを現代に伝えていくのが我々の仕事。メンデルスゾーンが埋もれていたバッハの楽譜を世間に紹介したように、自分も演奏という作業を残すことに使命感を感じる。作曲家ではモーツァルトが特に好きだ。金聖響の音楽スタイルというのは特にない。演奏家が作曲家を超えてはいけない。究極の黒子として音楽に取り組む。これまでドイツ、オーストリア系の演奏を多くしてきたが、今後はあらゆる分野にチャレンジしたい。」
アジア期待の指揮者と評され、韓国での客演指揮も行った金さん。アジアのクラシック音楽界の発展も強く願っている。
「アジアはこの20年で才能あるクラシック音楽家たちが生まれてきたが、音楽文化全体のレベルはまだまだ。韓国の場合で言えば、大陸的な気風を生かして、より自由な音楽表現を行ってほしい。韓国の音楽界発展に、自分が関わる機会があればうれしい」
在日3世に生まれたことについては、「10代のころから自分が何者であるか悩み、指揮者になってからも悩んだが、30代になって払拭した。国籍は韓国、生まれ育ったのは日本、音楽を学んだのは米国。韓・米・日の文化を1人の人間が持ったことを幸運だ。3つの文化を大切に、情熱を持って生きたい」と話す。
【主な公演日程】
オペラ「魔笛」公演=6月14、15日、国立音楽大学講堂
シエナ・ウィンド演奏会=6月20日、横浜みなとみらいホール
ショスタコーヴィチ演奏会=6月27日、東京芸術劇場
読売日響3大協奏曲の夕べ=8月17日、サントリーホール
読売日響名曲シリーズ=8月29日、サントリーホール
詳細はクリスタル・アーツ・プランニング℡03・5210・9071。