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2003/02/14

<韓国文化>内からわきあがる生命感

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 2001年度ロン=ティボー国際音楽コンクールで優勝し、「天才ピアニスト」と評された韓国人ピアニストの林東赫(イム・ドンヒョク、18)が、昨年の日本デビューに続き、3月に初のリサイタルを開く。女流ピアニストの最高峰マルタ・アルゲリッチにも絶賛されたイムの魅力とは何か。音楽事務所に勤務する石川篤さんに文章を寄せてもらった。

 昨年9月12日、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団定期公演でピアニスト、イム・ドンヒョクを聴いた。曲はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。

 ステージ上のドンヒョクは随分華奢に見えるが(また顔もまだ少年のそれであるし、全身白い服なので、それがさらにそう見せていたかもしれない。)音がすごく大きいのに驚いた。

 少し硬めだがきれいな音。強いバネのように弾けるリズム、覇気満々で、何よりも彼の内側から燃えるようにわきあがる生命感…。

 あのアルゲリッチが高く評価して「とにかく彼を聴いてみたかったのだ。」と自分の音楽祭等に招いているのは実に自然なことに思われる。

 彼女はやはり自分に似た、野性的で勢いのあるテンペラメントを持った音楽家が好きなのだ。自分に正直で自分を裏切らない、その人間の奥底に根ざした音楽を。

 そして前述の特質とともにドンヒョクに備わっている、恐らくこの日の聴衆が皆魅せられただろうそれは「美しく歌う」点だと思う。

 ドンヒョクの場合、「メロディーを美しく歌わせる」といういささか表面めいた意味にではなく、彼の中のもっと奥から流れ出てくる。またその流れ出る歌が、なんというか“純粋なロマンティックさ”を持ったものなのだ。

 韓国にはそういった感情の伝統(妙な言い方で恐縮だが)が色濃くあるのだろうか? 

 私はドンヒョクの同郷の偉大な先輩、クン・ウー・パイクのことを思い浮かべているのである。

 パイクの弾くラフマニノフの協奏曲! 私はCDでしか聴いてはいないが絶品である。暖かみのある、真実味いっぱいのやさしい歌。純粋な憧れ。相当技巧的に困難に書かれている部分でも易々と余裕をもって弾ききってしまう高度なテクニック…。

 ラフマニノフ自身の演奏がまさしくそうだった。ラフマニノフの書いた音楽というものが、そういう真正な感情に根ざした暖かいものであるということを示す最良のサンプルであろう。

 ドンヒョクの弾いたラフマニノフにもパイクの演奏と共通したものが感じられるのだ。

 ところでドンヒョクは、3月24日に東京・紀尾井ホールでリサイタルを開く。J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集の一曲から始めて、シューベルト、プロコフィエフ、ラヴェルという少し雑然としたものだが、今の彼の弾きたいものばかりなのだろう。

 イム・ドンヒョクが昨年東芝EMIからリリースされたデビューCDにも入っているシューベルト「即興曲集D.899」、ラヴェル「ラ・ヴァルス」も演奏される。CDで聴かれたこれらの曲は実にのびやかで詩的な空気に満ちていた。

 “きれいな歌を歌うピアニスト”として類まれな美質を聞かせてくれたドンヒョクの、覇気たっぷりな生き生きとした演奏を楽しみにしている。リサイタルは3月21日、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールでも開かれる。


  いしかわ・あつし 1966年、東京生まれ。89年、国立音楽大学教育音楽学科第Ⅰ類卒業。梶本音楽事務所に勤務。

 ◆「イム・ドンヒョク ピアノリサイタル」

 3月24日午後7時、東京・紀尾井ホールで開催。曲目はシューベルト「4つの即興曲」、プロコフィエフ「戦争ソナタ」、ほか。全指定席5000円、プラチナ券1万円。℡03・5749・9960。埼玉公演は3月21日午後4時、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールで。モーツァルト「ピアノソナタ第12番」など。

 S席3000円ほか。℡048・858・5511