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2004/10/22

<韓国文化>戸田志香の音楽通信

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    呉鉉明さん(後列右から2人目)と「町の音楽好きネットワーク」の仲間たち。後列左から2人目が戸田志香さん

 戸田志香さんら千葉県習志野市の音楽仲間で作る「町の音楽好きネットワーク」が、韓国の国民的声楽家・呉鉉明(オ・ヒョンミョン)さんを迎えて31日に同市内でコンサートを開く。呉さんの魅力について戸田さんに文章を寄せてもらった。

  ”歌の旅人”呉鉉明さんはこの秋、80歳を迎えるバス・バリトン歌手だ。

 1948年、韓国最初のオペラ「椿姫」でデビューして以来、60余編のオペラに出演。また演出家として56の作品を手がけている。まさに韓国オペラ史の生き字引といえる韓国音楽界の大御所だ。

 「韓国の歌の底には韓国の情緒が流れている。詩の真髄、歌の真髄というのは、その国で培われた心でなくては表現できない。詩の真髄をぎりぎりのところまで追いつめていくと、私には韓国の歌しか歌えない」と語る呉さんは、韓国で初めて韓国歌曲だけのリサイタルを開いた声楽家だ。今から40年ほど前の63年のことだ。以来、韓国歌曲をライフワークとしている。

 呉さんの歌からは人生の息遣いが伝わってくる。誰もが持つさまざまな感情に呉さんの声が届き、生きているとはこういうことなのかという、ため息に似た響きが余韻をともなって残る。

 まさに呉さんは”歌の旅人”。歌を通して人生を語る語り部だ。その年齢だからこその歌を呉鉉明さんは今月末、千葉で歌う。
 
  ”町の音楽好きネットワーク”は、千葉県習志野市に住むソプラノ、ヴァイオリン、ピアノ、フルート、サクソフォンの音楽仲間たちで、近所のおじさん、おばさんに音楽を楽しんでもらい、町に音楽の花を咲かせようと活動している。

 毎回、テーマを持った音楽会を開き、病院や介護施設などでの演奏もおこなっている。略して”町ネット”。その20回目のコンサートに呉さんは出演する。

 口笛を吹くと/やさしい歌が 耳元に聞えてきた/ふり返っても 誰も見えず/ 夕焼けの虚しい空だけが/私の目に広がった、と歌われる「麦畑」は朝鮮戦争の時、避難地の釜山で作曲された。

 町ネットのアンサンブル、朗読、呉さんのソロ、ヴァイオリンソロと続く。誰もが後ろをふり返る時がある。その時、目に映った光景をそれぞれが胸に抱き、呉さんの歌の人生に自分の人生を重ねて聞く音楽会幕開けの曲だ。

 サクソフォンソロの「去り行く舟」。呉さんとサクソフォンの「来よ」。フルートとソプラノの「ききょうの花」。無伴奏ヴァイオリンのための「アリラン」。ピアノ連弾の「鳥打令」。呉さんと町ネット「漢江」など、すべてこの音楽会のために編曲されたオリジナルだ。

 十数年前、東京室内歌劇場主催の「韓国の心を歌う」シリーズコンサートで呉さんは、「荒城の月」を歌った。これだけ深く表現された「荒城の月」はこれまで聞いたことがないと今でも言われるほどの名唱だった。

 隣国とはいえ外国である日本の歌をなぜそれほど感銘深く歌えるのか。それは呉さんのただひとりの師、バス・バリトンの金炯櫓がこう教えたからだ。

 「声楽は声だけれど、声だけでは芸術は生まれない。芸術的に高めたいのなら詩を理解し、ことばや内容によって表現を変えなければいけない。掘り下げて掘り下げて内面的なものを表現すべきだ」

 詩人の酒の肴になったすけそう鱈のつぶやきが書かれた「明太(ミョンテ)」は、韓国どこに行っても聴衆が手拍子でせがむ呉さんの十八番。
 「荒城の月」「明太」ももちろんプログラムに入っている。

 東京の一流の会場ではなく習志野市の古い市民会館。無名で若い町ネットとのアンサンブル。きっと町の人々の心のひだに韓国の心を残す音楽会になることだろう。

◆ 「歌の旅人 ノレ ナグネ」◆

主催:町の音楽好きネットワーク
日時:10月31日(日)午後2時開演
場所:習志野市民会館(京成大久保駅前)
入場料:おとな2,500円、こども1,000円
TEL 047・472・9706(戸田)

  とだ・ゆきこ  国立音楽大学声楽科卒業。元二期会合唱団団員。84年度韓国政府招へい留学生として漢陽音楽大学で韓国歌曲を研究。「町の音楽好きネットワーク」ディレクター。著書に『わたしは歌の旅人 ノレナグネ』(梨の木舎) 。