―国境を越えて若い人たちが協同する。これが素晴らしいことであることはみんな解っている。だが、それは国境を消すことではない。また協同とは、ただ参加することだけではない。
国境があり、参加する一人一人の「今」が「過去」と「未来」をつなぐ長い時間上の一刻であることを互いに認め合ってこそ、協同は真実になる。協同が、「今」を真実にする、と言ってもいい。「今」が真実でなければ《歴史を創る》ことはできない。そして今ここで、アジアの若い人たちによって歴史が創られようとしている。この「今」は《希望》という明日につながっている。
作曲家、三善晃さんが数年前、ある音楽会に寄せたメッセージだ。
3月25日、東京藝術大学奏楽堂で藝大とソウル大学校音楽大学との友好交流オペラ・ガラコンサートが開かれた。
ソウル音大の学生たちとの数回のリハーサルのあと、指揮者で藝大教授の佐藤功太郎さんはこう話した。
「韓国の学生たち、いいねえ。お腹の深いところから声が自然に広がっていってる」
藝大とソウル音大は三年前に姉妹校になり、一昨年、ソウルで交流オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」公演がおこなわれた。藝大からは院生3人が参加した。
今回はソウルから学生10名と教授5名がやって来た。プログラムは「フィガロの結婚」ハイライトとヴェルディとプッチーニのオペラよりアリアと重唱で、すべて演奏会形式で行われた。ただ立って歌うだけだと思っていたソウル音大生たちは、どんな小さな練習でも緊張感を持ち、演じながら歌う藝大生たちの表現力にあわてた。
それが刺激となったのか、殻をこわすきっかけとなったのか、リハーサルを重ねるごとにソウル音大生たちの体が柔軟になり、声も歌もより伸びやかになっていった。
ソウル音大の学生たちは「オケの人たちが練習の時、指揮者に立って挨拶するので驚いた。礼儀正しいよな」という話から始まり、藝大のシステムを羨む話を異口同音にしていた。ホールや練習室といった施設面もそうだが、学生をひとりのアーティストとして尊重しているのが何よりも羨ましいという。
今回のような演奏会だけでなく、交換学生として数ヶ月、藝大で勉強できたらいいのになという声も聞かれた。
川上洋司さんはテノールで藝大の助教授だ。第2部の「リゴレット」でマントヴァ侯爵を歌った川上さんからは「優秀な人を選んできたんだとは思うけど、すごいよ。テノールは立派だね。日本の学生と比べると、まず素材がいい。そしてきっちりと歌うことかな。藝大の学部生で3れだけ歌える人、2~三人だよ。僕はね。アジア圏でオペラを作れたらって思うんだ。アジアオペラカンパニー。そのためにはまずアジアの学生オペラだよ」と大きな、そして納得できる夢が聞かれた。
休憩時間になると自然に両校の学生たちが集ってくる。藝大の学生が「韓国語会話」の本を片手に「ネイル マンナプシダ」とカタカナ韓国語で言うと、あわててノートを広げ、ハングルで書き留めた「また明日」を大きな声で読むバリトンの車ジョンチョルさん。上野とソウルの音楽家の卵たちの輪がふくらむひとコマだ。
国を越えての交流は容易でない。しかしこの交流が一過性に終われば、紡がれた糸は切れてしまうだろう。今回紡ぎだされた糸が平和を織る糸であることを信じ、そして冒頭の三善晃さんの「今ここで、アジアの若い人たちによって歴史が創られようとしている」このコンサートのことを多くの人に伝え、若い可能性を育てる道を探したい。
とだ・ゆきこ 国立音楽大学声楽家卒業。元二期会合唱団団員。1984年度韓国政府招へい留学生として漢陽音楽大学で韓国歌曲を研究。「町の音楽好きネットワーク」ディレクター。著書に『わたしは歌の旅人 ノレナグネ』(梨の木社)。