先日閉幕した第54回ベルリン国際映画祭で、金基徳監督の最新作「サマリア」が銀熊賞(監督賞)を受賞した。これまで韓国映画界の〝異端児〟としてその名前を知られてきた金監督の作品に、国際的な評価が下された形だ。旧作『悪い男』が28日から都内で公開されるのを始め、今年日本で作品の公開が相次ぐ金監督に話を聞いた。
「私は小学校を出ただけで、15歳から工場で働きました。韓国では小卒は徴兵に行く資格もないんです。それが腹立たしくて、海兵隊に志願し5年間勤務しました」
今韓国で活躍するの監督の多くは、大学で専門の映画教育を受けている。それに引き比べ、彼はその経歴からしてもきわめて異色の映画監督だ。学歴社会の韓国の中に、自分が生きていける場所はあるのか。悩んだ彼は、幼いころから絵が得意だったことを唯一の頼りに、金を貯めてパリに行き、絵画の勉強を始める。
「パリで学んだのは、学歴なんか関係ないということです。自分にも何かやれることがあるはずだという勇気をもらいました。そして、これまでの自分の人生を文章にしたいと思ったんです」
韓国に帰った彼は脚本を書き始め、そのうちの2本が公募に選ばれ注目される。96年には自らのシナリオの「鰐(わに)」で監督デビューを飾った。「当初監督をする予定ではありませんでした。現場の事情で仕方なくメガホンを取ることになり、手探りで一から学びながら撮りました。なにしろ、パリに行くまで映画を見たことがなかったんですから」。
以降、年に1本のペースで作品を撮り続けた彼は、そのスタイリッシュな映像と衝撃的な暴力シーンから「韓国の北野武」とも呼ばれ注目されるようになる。一方で「客を呼べない芸術映画の監督」という烙印を押されるところも、北野監督と似ているかもしれない。
今回、日本で公開される『悪い男』(01年)は、珍しく興行的に成功した作品だ。しかし、売春街に巣食うヤクザの頭目が、自分を軽蔑した女子大生を罠にはめて売春宿で働かせるという設定から、「男性の自己中心的な妄想」「女性蔑視だ」という強い批判も浴びた。
「もちろん暴力で女性を娼婦にするなんて、とんでもなく悪いことでしょう。しかし、私はそういう道徳的な判断を映画の中でしているのではありません。厳しい階級社会である韓国社会の中で、ヤクザも娼婦もいわば〝社会のゴミ〟として見捨てられた存在です。そんな彼らも私たちと同じ時代を生きる人間であり、良かれ悪しかれ彼らなりの人生を切実に生きているんだと描きたかった」
彼の映画には、社会から疎外されたマイノリティーが多く登場する。それについて金基徳は「映画に登場するホームレスや障害者、混血児、娼婦、ヤクザたちはみな、私の友人や隣人たちがモデル」と明かす。しばしば「アウトサイダー」と表現される金基徳だが、「主流派と非主流派という枠組み自体を壊したい」というのが彼の考えだ。
『悪い男』を皮切りに、4本の金基徳作品が日本で紹介される。この秋公開予定の「春夏秋冬 そして春」は、昨年の東京フィルメックス映画祭オープニング作品として上映された。四季の移り変わり合わせて、青年僧の成長と苦悩を描き、これまでの作風とは異なった静謐な世界が深い印象を与えた。ベルリン映画祭で監督賞を受賞した最新作の「サマリア」は、援助交際をする女子高生とその父親の葛藤を描いた問題作だ。
ようやく日本でも、その全容を現すことになった金基徳映画の世界に注目が集まっている。
『悪い男』は28日から新宿武蔵野館で公開されます。
℡03・3354・5670