海は広いな 大きいな――6人が届いたばかりの譜面に見入っている。練習が始まった。小さな部屋に置かれたピアノ、電気ピアノ、キーボードから明るい穏やかな海が描かれる。そこに旋律を伴ったヴァイオリン、フルート、サクソフォンが加わった。三つの楽器の音は海から生まれた雫だろうか。光だろうか。風だろうか。それらは波の上で絡み合い浄化され、昇っていくようだ。
3台のピアノ、ヴァイオリン、フルート、サクソフォンのために書かれた「海の祈り」はソウルの作曲家、申東一(シン・ドンイル)さんによる委嘱作品だ。
申さんは譜面に次のようなメッセージを添えた。「海は平和を祈っています。憎しみと怒りは波濤とともに砕けてしまいます。広くて深い海は母のふところのようにすべてを包み込み、清めます」
音を探りながらの練習だったが、不意にまだ会ったことのない申さんの思いが波のように押し寄せてきた。海。海による出会いだった。
海があるからこそ陸地はつながっている。海があるから日本と韓国は結ばれている。その海のように音楽で結ばれあえる、響きあえる韓国と日本でありたいという音楽会「海は広いな 大きいな」――町の音楽好きネットワークコンサートは7月10日、習志野文化ホールで開催された。
出演は習志野の音楽仲間でつくる町の音楽好きネットワーク(歌2、ヴァイオリン、ピアノ3、フルート、サクソフォン)と韓国声楽界の重鎮、バス・バリトン歌手の呉鉉明(オ・ヒョンミョン)さん。呉さんは昨年の町ネットコンサート「歌の旅人――ノレ ナグネ」ですっかり習志野ではお馴染になっている。
会場に流れていた波の音が大きく迫り、だんだん遠のく。それと同時に舞台が明るくなり、三台のピアノから波の音が聞えてきた。そしてヴァイオリン、フルート、サクソフォンの音が重なり、どこまでも広がる海が現れた。「うみ変奏曲」(伊地知元子編曲)。音楽会のプロローグだ。
うみは ひろいな 大きいな
日本の海は「出船」「砂山」「城ケ島の雨」「椰子の実」「海の童謡メドレー」「ソーラン節」「出船の港」「初恋」「浜辺の歌」で綴った。
一曲一曲、趣を考えた組み合わせによる伊地知元子の編曲だった。六手(ピアノ3台)のための「ソーラン節」、ソプラノとフルート、二台ピアノのための「海の童謡メドレー」、ソプラノとサクソフォンによる「初恋」。呉さんは「城ケ島の雨」をサクソフォンと、「出船の港」をヴァイオリンと歌った。
韓国の海は「僕も海辺の郵便局のように/ゆっくり年をとっていけたらいいなと思っている」で終わる「海辺の郵便局」(アン・ドヒョン)の朗読から始まった。抒情的な日本の海に比べ、韓国の海には濃い情念が渦を巻いているようだ。呉鉉明さんとヴァイオリンによる「待ちわびる心」、サクソフォンソロの「去り行く舟」、女声二部とヴァイオリン、フルートによる「帰りたい」、呉さん十八番の「明太(ミョンテ)」。そして「臨津江(イムジンガン)」は三回忌を迎える作曲家邉機淵咼腑鵝Ε侫鵝砲気鵑悗了廚ぁ△桓・箸里気泙兇泙併廚い・里帽・瓩蕕譴燭里・2饐譴鰉垢蕕擦拭」
ロビーはチラシとポスターの絵を描いた安納良子さんの作品「海の祈り」展や船橋ユネスコ協会による世界文化遺産の写真展示。町ネットを応援している町の女性たちによる手作り小物販売など、まさに音楽会がコミュニケーションの場になっていた。
陸地と陸地は海でつながっている。しかし戦争が起きれば海は閉ざされ、人の行き来も閉ざされる。海は大きい。でも人の心は海を包む。日韓友情年2005。小さな町の小さな音楽会での日韓の響きは今も輝いている。
とだ・ゆきこ 国立音楽大学声楽科卒業。元二期会合唱団団員。漢陽音楽大学で韓国歌曲を研究。「町の音楽好きネットワーク」ディレクター。著書に『わたしは歌の旅人 ノレナグネ』(梨の木舎) 。