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2006/04/07

<韓国文化>オフィス街にアートの風

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    李庸白「The Vaporized Things」 ビデオインスタレーション 2002

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          陸根丙「Windstill」 ビデオインスタレーション 2002

 韓国、日本、中国、ドイツの新進気鋭の現代アーティスト11人の作品を紹介する「The Art of Passat-ism」が、東京・丸の内の「丸の内マイプラザ」など3カ所で開かれている。同展の意義について、美術研究家の古川美佳さんに文章を寄せてもらった。

 桜の花びら舞う春、アートの新風がいま東京・丸の内に吹き荒れている。丸の内といえば、昔からオーソドックスなオフィス街として知られてきたが、ここ数年の間にすっかり瀟洒な街並みに模様替えされ、休日ともなるとファッションやグルメに敏感な女性たちで賑わうようになった。

 こうした新旧交差する丸の内界隈―丸ビル、丸の内マイプラザ、丸の内オアゾの3カ所に、日本、韓国、中国そしてドイツのアーティスト11名が集結、時代を先取りする先鋭な作品が展示されている。

 そもそもこの催しは、フォルクスワーゲン(VW)・グループ・ジャパン株式会社が先月23日に中型車の新車「パサートPassat」を発売、「ヒエラルキーにこだわらない、主体的で個性あるライフスタイルを求める人たちに乗ってもらえる車」を販売するにあたり、その理念に即したアート・プロジェクトを行うことで広くアピールしようというもの。

 本展覧会の企画者・上田雄三氏(銀座ギャラリーQ、展覧会キュレイター)は、「ここ、東京丸の内=東アジアという場所から新たな美意識と価値観、多様性に満ちたアートの風を発信したい。日常生活している場所でアートと出会うことで、自らのライフスタイルを振り返り、自らを発見する。アートは個人と世界を結ぶコミュニケーション・ツール」としながら、金融マーケットやインターネット、電子メディアなど資本主義の発展段階上に成り立つグローバリズムへの再考をも促している。

 参加作家は、シニカルに現代社会を批判するビデオ・アートで近年活躍目覚しいドイツのユリアン・ローゼフェルド以外は、日・韓・中のアジアの作家で占められている。韓国からはバウハウス発祥のシュトゥットガルト美術大学への留学経験もある若手の李庸白(イ・ヨンベク)と、海外展も豊富で、日本でも知る人ぞ知る実力派・陸根丙(ユク・クンビョン)が参加。

 李庸白は、サラリーマンが毎日忙しそうに行き来する日本経済の中枢・丸ビル内に、一人の韓国人サラリーマンがスーツ姿で水中を歩行するビデオ・アートを大写しで設置。水の中をもがくように歩くサラリーマンは、水の圧力でなかなか前に進めない。実在と非実在のズレが不思議なリアリティを呼び起こす画面。こうした水による抵抗力は、実は眼には見えない社会の圧力を比喩し、現代人のけだるい日常をほのめかす。

 それは自分の時間と空間さえもコントロールすることを許さない規格化された生活を強要する消費社会と、その中を生きていかなければならない現代人の姿を暗示している。

 李はこの作品を「かつて97年、韓国がIMF経済危機に陥ったとき、自分の同級生が突然何人も解雇されていった。彼らは嘆き、ため息をつくがそれでも生きていくしかない。そんな友人たちの呼吸を表現したくて制作した」というが、個人の生とその背後の政治的・社会的な時代の空気を巧みに表現しつつ、日本のサラリーマンへも応援のエールを送っているかのようだ。

 陸根丙は巨大な丸ビルにLEDにより少女の目を映し出す。6歳の少女の目は、過去から現在にいたる歴史の真実を見極めようとするかのように、ただひたすら今を行きかう人々の日常を眼差している。

 陸は「美術作品は設置されるや、その空間性ばかりにとらわれてしまいがちだが、時間性、歴史性こそもっと見直すべきではないか」としながら、日々の生活で失いかけた真実のありかを時空間を超えて引き出そうとする。また「今回の展覧会には、企業とアーティストの<共存>の哲学がある。今後こうした文化と企業が共に活かしあいつつ発信する企画が益々必要になるだろう」と指摘した。

 中国の谷文達(グー・ベンダー)は、自身が住むニューヨークという人種のるつぼで集めた人間の髪の毛で世界126カ国の国旗を制作、丸ビル内の天井から吊り下げる。それはまさに多様性に彩られた現代社会の象徴物でもあるが、一方でグローバリズムの意味を改めて考えさせもする。

 日本からは例えば、千個の絵画の断片が集まって一つとなる片山雅史の作品は、身体性に立ち返り、人々に芸術の原点を喚起させ、豊かな無限のイメージを投げかけている。またタムラサトルの「山が山を登る」という奇想天外な発想のインスタレーションなども意外性とユーモアを誘い印象的。そしてNASAからダウンロードされた火星探査のマップをスキャニングされた脳が旅するという沖啓介の作品も、仮想現実が日常と化すかのようで興味深い。

 さらに11台のWW新車「パサート」のボディに各作家一人ずつの作品のステッカーが貼られて丸の内を走り回るというのも、このテーマならでは。こうして、まさにアートの新しい風は、この春、まずは丸の内から発信されはじめたといえよう。

(古川美佳/韓国美術・文化研究)

*「Passatパサート」とはドイツ語で貿易風、季節風の意。