ここから本文です

2006/02/03

<韓国文化>李曰鍾画伯が日本で初個展・済州島の美を描く

  • bunka_060203.jpg

    チェジュ生活の中の中道 56㌢×37㌢ 韓紙・ミックスドメディア 05年

  • bunka_060203-1.JPG

    チェジュ生活の中道 85㌢×49㌢×2・5㌢ 木・ミックスドメディア 

 韓国の画家、李曰鍾さんの個展が、東京・銀座のギャラリー美術世界で開かれている(18日まで)。人気作家の地位にあった91年、済州島に居を移し、以後済州道の自然や日常生活をモチーフに作品を発表している。李曰鍾さんのインタビュー、そして美術評論家の針生一郎さんの報告を紹介する。

 ソウルという都会を離れて、自然に囲まれた生活がしたくなり、また世俗への執着を一度捨てようと考え、済州島に91年に移住した。

 済州島は長く抑圧されていた歴史を持っている。その歴史を理解し、人々の痛みに共感を持った上で、土地の人々と接してきた。

 ここは一年中花が咲いていて、数多くの花を観察することができる。例えば海辺には、肉眼では見えずルーペで見ることができる花が咲いたりしている。

 至る所に咲き誇る椿、梅の花、水仙など多くの花々、ここに生息する鳥や魚、最近ブームで私も親しんでいるゴルフなど、済州道を取り巻くすべてのものが、私の絵のテーマになっている。

 ソウルにいたときは絵画だけだったが、いまでは版画や彫刻、また韓国伝統刺繍のポジャギも、自分なりの工夫や新しい図柄を入れた作品を作っている。執着心を捨ててから、作風も生活も自由になった。韓日文化交流も、それぞれの芸術家がすばらしい作品を作れば、自ずと交流が深まると思う。

 すべての人々が美しい心になってこの地にあふれ、幸福と安全が全世界に広がることを願い、最近は求道者のように心を込めて香炉を作っている。

 ◆「生活のなかへ」実践 針生一郎(美術評論家)◆

 李曰鍾のこれまでの生涯と作品をふりかえると、ソウルの大学教授の職を離れて済州島に移り住みついたことが、大きな転換点としていや応なくめだつ。中央大学校絵画科を卒業し、建国大学校教育科の大学院を終了して、水墨画家としては国展で文化広報部長官賞をはじめいくつかの大きな受賞を経て、79年以来秋渓芸術大学教授をつとめたが、84年から血管拡張症のため眼がよく見えなくなり、教育と制作の両立は困難だから環境を変えるため、91年済州島に移住したのである。

 私は李曰鍾の済州島行きを、19世紀後半から20世紀前半にかけて、ヨーロッパの文学者、芸術家が資本主義文明の行方に絶望し、地中海沿岸に逃れて田園の自然とプリミティブな生活のなかから「対抗文化」を生み出そうとし、あるいはさらに「南方」に憧れてアフリカ、アジア、オセアニアに骨を埋めた、得体の知れない情熱の延長と推定している。

 もともと李曰鍾は、朴正煕軍政下の1970年代、イデオロギーに関係ないため主流として推進されたモノクローム抽象をはじめ、欧米風モダーニズムの潮流に対して、水墨画を中心に東洋美術の伝統を復興する機運がおこり、その機運のなかで注目をあびた。

 そのころすでに「現代的文人画」とか「実景山水」とかいうよび名があったが、李曰鍾自身はどちらにもあき足らず、「生活のなかへ」のスローガンをかかげた。70年代末、彼が済州島をはじめて訪れ、海辺や森のなかで踊る男女の姿を、写生にもとづいて描いたものも、まさに「実景山水」「生活のなかへ」の延長でしかなかった。

 彼がその心境を語った最初の言葉は、「済州島の中道」に固執するということだが、わたしの推定ではこれは直接には、西欧的モダーニズムか東洋画の伝統復興かという、ソウルのイデオロギー論争を離れることを意味するだろう。それがかつての「南方」のようにプリミティブの極限ではなく、「中道」とよばれるのは、済州島も韓国の一部だが日本との交通の衝にある文明の地で、李承晩政権下には反政府運動の拠点と見られ多くの島民が虐殺、逮捕、追放された歴史をもち、ソウルのイデオロギー論争から見れば依然どっちつかずでも、その中途半端な現状に自適する意味をこめている。

 李曰鍾はソウル時代からすでに李朝民画をとりいれていたが、済州島移住後は民画のなかで主として両班に受けつがれた儒教思想よりも、ムーダン(巫女)によって伝えられるシャーマニズムに比重をおいたといえる。具体的には、夢と現実を境界線なしに交錯させるとともに、動植物がすべて人間と対等に共生する一種のユートピアを眼をみはるほどカラフルであざやかにくりひろげる。

 こうして表現された万物共生と融合のマンダラ世界は、作者の自我意識など座敷で一人テレ寝する男ほどに遠くおき去りにして、李朝民画をもっとさかのぼる韓国絵画の原点を済州島でさぐりだしたことになる。(図録より抜粋)