金子量重・アジア民族造形文化研究所所長の韓国文化勲章受賞記念講演会「韓国と私、そしてアジアへ」(韓国文化院主催)がこのほど、都内で行われた。金子量重氏は韓国国立中央博物館にアジアの民族造形資料1035点を寄贈。館内に金子量重寄贈室がつくられている。講演内容を要約紹介する。
私は1948年以来、日本国内の1道、1都2府43県を探訪し、社寺、祭礼、芸能から各地に残る伝統の陶磁器、染織、木漆、竹、石、紙、藁などの匠の技を見聞。それらには、韓国、シベリア、中国、東南アジアから渡米したものが多いことを知り、それを日本化して多様な民族造形を開拓したと確認し、それらに関する資料も収集した。
韓国には64年以来80余回にわたって探訪調査した。特に韓国を代表する文化人の郭少晋、イェ・ヨンヘ、李大源、韓彰基、許東華氏らと親交を結んだ。彼らを通じて金戴元、金元龍、秦ホソブ、崔淳雨、韓ビョンサム、鄭良謨、池健吉、李健茂、金紅男、申ガンソブ氏ら、韓国の知性を代表する歴代の国立博物館長との交流も深めた。さらに金英淑、石宙善女史ら代表的な女性研究者にもめぐり合った。彼らから韓国の伝統文化の本質と伝統の匠の技を学んだ。
また忘憂里をはじめ窯や遺跡なども調査。金奉龍、柳海剛、池順鐸氏ら重要文化財に指定されている、匠人の仕事も数多く見聞できた。景福宮をはじめ朝鮮王朝時代の宮廷から庶民にいたる、匠が造り、人々が使い続けた質の高い生活文化と民族造形に深く心打たれた。資料を収集するとともに、その実情を日本での講義や図書や雑誌・新聞などにも紹介した。
「韓国伝承工芸展」をはじめ、アジアを分母に韓国の民族造形文化認識のための展示も各地で開催した。日本の造形技法に大きな影響を与えた韓国の金属器文化、寺塔、仏像、古墳、新羅や百済や伽耶土器、印刷製本、儒教、巫堂と七星信仰、磁器、木綿、朝鮮通信使など、古代以来多くの信仰や民族造形が渡来し、日本文化の基盤を築いたことを学ぶ。特に重要なのは天皇家が百済の王室と深い縁で結ばれていることを認識できたことは大きな収穫だった。
韓国政府は韓民族の歴史や伝統文化の理解を深めるために、東京・赤坂に海外広報館(韓国文化院の前身)を開設。担当の鄭鎮永氏は、流暢な日本語で来客に丁寧に応対していた。その努力振りに心打たれ協力。79年、さらに池袋に新文化院建設の折にも柳公使から相談を受けた。爾来、協力している。
韓国文化院が刊行した「韓国文化」は質の高い雑誌として好評を博した。また多くの関連行事は韓国の民族性を正しく日本人に伝えた功績は大きい。
81年と82年には、大妻女子大学博物館学専攻学生20数名を連れ韓国を訪問した。彼女らは初めての外国訪問に大きな期待を寄せ、古代遺跡を始め各地の国立博物館を見学した。さらにソウルでは朝鮮時代の王宮や町並みを歩き、焼肉やキムチなど独特の味覚を満喫。さまざまな民族舞踊や歌や演奏に魅せられた。とくに親友、韓彰基氏の伝統住宅に招かれ、韓国の歴史や伝統文化についての講話に感動した。
韓国での豊かな経験が大きな刺激となって、さらにアジア全域の調査を開始。爾来40年に400回、アジアのほぼ全域を歩いた。アジアでは「民族」の生活文化に焦点をあて、調査や研究を進めるとともに貴重な資料の収集にも力を入れた。私のアジア全域に及ぶ調査研究に注目した日本政府は、私を調査団長や国際会議の座長に任命し、さらに国際連合の無形文化財会議に日本代表として派遣された。
これらの多様な“もの”の調査研究の成果を踏まえて、Artの翻訳の芸術の用語を排し、アジアの諸民族が伝承し造形してきた、衣、食、住、信仰、学び、遊び、芸能、生産・交易に関する、すべての領域にわたって造られた優れた“もの”に、新たに「民族造形」の用語を創設した。それにアジアを冠して、「アジアの民族造形」(Asian Ethno-Forms)の語を用いることにした。この発展と目的遂行のために、「アジア民族造形文化研究所」を創立。さらに研究者、匠、博物館員、学生、企業人やマスコミ関係者などを糾合して、「アジア民族造形学会」を設立した。韓国の金英淑女史と相談して、韓国にも「アジア民族造形学会」を設立し、研究発表や展覧会を共同で行った。
本年その創立10周年を迎え、九州国立博物館で「創立10周年記念国際研究大会」を開催した。韓国、中国、イランの専門家が加わって熱心な討論が展開され親交を深めた。08年8月には韓国国立民俗博物館において、日本、中国、イラン、ベトナムからの研究者と匠による研究発表と展覧会を開催する。
さらにアジアの民族造形に関わる専門家との大同団結を図るために、「アジア民族造形ネットワーク・システム」を創設。すでに日本、韓国、中国、ベトナム、シンガポール、ネパールが参画している。
かねこ・かずしげ 1925年横浜市生まれ。1950年国学院大学文学部史学科卒業。大妻女子、東京造形、金沢工業、常葉、武蔵野美術、立教の各大学で、民俗学、アジアの生活文化論、民族造形学、韓国の伝統文化、日韓文化交流史などを講義。アジア民族造形学会会長。「アジアの民族造形」(毎日新聞社)など著書多数。