音楽ジャーナリスト 川上 英雄
『冬のソナタ』のブレイクで始まった日本の韓流ブームだが、昨年は映画配給を例に取れば、作品買取り額のプライス・ダウンを筆頭に、配給数も減少し、ブームは今、終束に向っていると言う日本のマスコミの指摘もあながちはずれてはいないかも知れない。
しかし、アジアだけを見ても、中国・台湾・香港・ベトナムそしてフィリピンなどでも韓流ブームは続いており、韓国のエンタテイメントがここまでメジャー化した影響はあまりにも大きく、今後はそのクオリティーをいかに高め、発信して行くかという新たな課題を背負ったとも考えられよう。
それでは日本国内でのトピックスをいくつか御紹介しよう。
まずテイチクエンタテインメントが韓流にちなんだ2枚のアルバムを企画し、好評を博している。
昨年秋にリリースされた『韓流ファンタジー』は、正に円熟の季節を迎えた日本の韓流ブームにとどめを刺す、粒ぞろいの日韓実力派たちによるコンピレーション盤だ。そして今年1月末に発売予定の『韓流の歌姫』は、金蓮子、チェウニ、チャン・スー、桂銀淑等4人の実力派歌手の日本での人気曲を集めた内容で、豊富な音源を駆使したゴージャスな内容となっている。
特に、日本楽曲解禁によりフラットな相互通行が一般的となった日韓の音楽産業界だが、艶歌・ムード歌謡系の日本語版ソフトは韓国内では数も限られており、若者に人気のJポップとは異なり、未だ一般的に認知されていないのが現状だ。
そんな中、テイチク所属のチェウニ(鄭在恩)が現地でも珍しいシングル盤仕様による韓日同時発売『ラブストーリーをもう一度』をリリース、日本人作曲家綱倉一也によるロマンチックな曲調がハングル歌詞にも驚くほどフィットし上々の出来栄えを示している。
又、EMIコリアが、東芝EMI時代の桂銀淑の日本語版ヒット曲集をライセンス発売。韓国人歌手の日本語ヒット曲をソウルの盛り場で聞く時代がようやくやって来たのかも知れない。
ところで、ソウルの話題と言えば、2005年はすっかり美しく生まれ変った清渓川界わいをライト・アップし、『東京ミレナリオ』張りの光景が話題を集めたのも記憶に新しいが、2006年は、パティ・キムが歌うソウル特別市歌としてあまりにも有名な『ソウル賛歌』の続編とでも形容したい『ソウル清渓川』がキム・キョンナムの歌でCD化され人気を呼んだ。
今や、清らかな水辺の風景がソウルの恋人たちのプロムナードとして、つとに有名な清渓川だが、オペラ・タッチのキムのテノールが醸し出す独特のムードは、21世紀のソウルを詩った新御当地ソングと言ったところか 。
我が国でもメジャーレコード会社の東芝が音楽産業から撤退を決めるなど、業界の再編成が一気に進みそうな勢いだが、弱小プロダクション系のレコード会社が未だ乱立する韓国では、規模が小さいだけ臨機応変にIT企業化する企業も少なくなく、中には積極的な海外進出も果たし、欧米で自社アーチストの録音制作を行う制作会社も誕生しつつある。
そんな中“韓国版ドリカム”とも位置付けたい男女3人の人気バンドKOYOTE(コヨーテ)が、英国ロンドンに於いて制作した『コヨーテ・イン・ロンドン』が昨秋、爆発的な人気を博した。90年代のブリティッシュ・サウンドを彷彿とさせるロック風のコンセプトは楽しいノリで、Kポップもここまで来たか――と思わせる意外性が楽しい。
更に、中年層に人気のジャズ・ギタリスト、キム・チャンジュン(C・J・Kim)が、韓国人としては初めて米国の名門ブルーノート・レコードより、CDデビューを果たした。
韓国人アーチストだけが醸し出す独特の哀愁感はここでも健在で、ハモンド・オルガンやドラムス、ゲスト・ヴォーカリストに外国人を起用したコスモポリタンなコンセプトは、もはやポピュラー音楽やメディア・コンテンツの分野でも、この国が先進国として評価されつつあることを充分に証明している。
今年、更なるグローバル化の波の中、韓日の音楽産業界はどのような動きを見せるのか、読者諸氏と共に引き続き見守って行きたいものだ。
かわかみ・ひでお 音楽ジャーナリスト。1952年、茨城県土浦市生まれ。日本大学芸術学部美術デザイン科卒業。79年より評論、コーディネート活動を展開。著書に「激動するアジア音楽市場」(シネマハウス)など。