10月9日は「ハングルの日」だ。ハングルの歴史などについて、梅沢博之・麗澤大学元学長に文章をのせてもらった。
今年8月、高麗大学校で「ハングル」をテーマとして第2回韓国語学会国際学術大会が開かれ、国内外から多数の研究者が集まった。私も基調発表を行ったが、ハングルの文字論、音韻論、文法論、歴史、応用、情報化、教育、世界化等々、様々な観点からの60近くの研究発表があり、500余年前の世宗大王と集賢殿の学者たちの「ハングル研究」の成果を21世紀の韓国の若い研究者たちが受け継ぎ、幅広くより深い研究を進展させていることに深い感銘を受けた。
今、わたしたちが「ハングル」と呼んでいる文字は、朝鮮王朝第四代国王の世宗が集賢殿(宮中に設けられた研究所)の学者たちの協力を得て1444年に作られ「訓民正音」と命名され、1446年にその解説書である『訓民正音』の刊行によって公布された。この新しい文字によって経書・仏典など多くの書物の注釈書(諺解という)が刊行されたが、漢字を尊重する思想は変わらず、諺文(俗な文字)と卑称された。近代化とともに見直され「正音」「国文」などの名称が使われ、国語学者の周時経(1876~1914)によって「ハングル」(大いなる文字)と呼ばれるようになったのである。
ハングルは、子音と母音から成る音素文字であるが、音節単位にまとめ書きする点で音節文字でもあり、以下に述べるように素性文字でもある。即ち、基本字を発音器官の形に象って作り、発音の仕方の違い(鼻音・平音・激音・濃音)は基本字に画を加えたり並べて書いたりして表すので、調音位置がどこで発音の仕方がどうであるかという音の性質(音韻素性)が文字を見るだけで分かり学びやすい。このようなすぐれた特徴をもつ文字は世界に類例がない。
ハングルは14の子音字と10の母音字からなっているが、3母音を基本字として、付加するべき素性に従って加画なり合字なりの操作をすることによって新しい文字を作っていく。このようにあらゆる言語音を効率よく表記できるので、朝鮮時代から司訳院(語学教育機関)で中国語、モンゴル語、満州語、日本語の語学教材をハングルによって表記してきた実績があり、どんな言語音に対しても文字システムを柔軟に拡張することによって対応できる特質を持っている。
以前からハングルタイプライターが開発されていたが、コンピューターの発達とともにまとめ書きの機械処理が可能になりデジタル化はさらに進んだ。ハングルは子音字と母音字がほぼ同数なので、キーボードの構成を子音字のキーを左側に、母音字のキーを右側に配列し、左手で子音を、右手で母音を交互に入力することができ人間工学的にもすぐれている。
近年は携帯電話が普及したが、キーが少ない携帯電話の文字入力には上に述べたハングルの構成がきわめて有用である。
現在、韓国はIT先進国として情報処理の技術力と高度なコンテンツ基盤を整備しているが、この情報文化の基盤をハングルという文字が支えているともいえよう。
ハングルの日を迎えて、ハングルと韓国語を学ぶ人たちが更に増えることを願ってやまない。
うめだ・ひろゆき 1931年生まれ。東京大学大学院卒業。文学博士。麗澤大学元学長。