「民衆の鼓動―韓国美術のリアリズム1945-2005」が、府中市美術館(東京・府中市)で5日から開催される。
韓国「民衆美術」の全貌を初めて公開する展覧会で、社会に向けて力強く主張する1980年代民衆美術運動の作品を中心に、絵画、版画、彫刻、写真、映像など約110点で、激動する韓国社会を映し出す美術の流れを紹介している。武居利史・府中美術館学芸員に、「韓国近代美術への正面からの問い直し-民衆美術のリアリズム」と題した文章を寄せてもらった。
日本では長いあいだ韓国の現代美術といえば、モノクロームの抽象絵画やビデオアートがよく知られてきた。もちろん、韓国にはアカデミックな画壇も存在するが、前衛的な動向として「民衆美術」に代表されるようなリアリズムの流れもあったことは、意外と知られていない。とくに民主化や経済成長の著しかった1980年代を中心に台頭した「民衆美術」について、日本で体系的に紹介される機会はこれまでなかったからである。
今日、「民衆美術」の優品は、国立現代美術館やソウル市立美術館などに収蔵されている。いまや「民衆美術」は、韓国現代美術の歴史を語る上では欠かせない存在といえるだろう。今回、国立現代美術館の協力により、この「民衆美術」を中心としたリアリズム美術の流れを紹介する画期的な展覧会が実現した。すでに昨年10月に新潟県立万代島美術館でスタートし、福岡、都城、西宮を経て、最終会場である東京・府中へ巡回してくる。韓国社会の激動の現代史を映し出した鮮烈な作品群が、各地で驚きをもって迎えられている。
「民衆美術」の最初の団体として重要な「現実と発言」同人は、呉潤、閔晶基、林玉相らによって80年に結成された。それに続き、「壬戌年」、「トゥロン」など、いくつものグループが生まれたが、85年には「民族美術協議会」へと発展し、大きな潮流を生み出した。民主的で民族的な美術の創造をめざす「民衆美術」運動は、「光州市民美術学校」のような教育的活動にもとりくみ、労働者や市民に美術を普及する役目を果たした。
このように「民衆美術」は、芸術至上主義ではなく、人々のための芸術をめざしたのである。韓国の民主化運動にも「民衆美術」は貢献した。たとえば、洪成潭(ホン・ソンダム)《5・18連作》の木版は、光州事件の真相を世界に知らしめるのに力があったし、「コルゲクリム(掛け絵)」のような作品は、集会やデモに用いられた。それらはメキシコの社会的リアリズムや壁画運動からヒントを得ているが、いずれも韓国が生み出した独創的な表現といえるだろう。
ここでいうリアリズムとは、社会と向き合い、現実を描く作家の態度を指す。展覧会ではリアリズムの源流として、光復直後から朝鮮戦争にかけての時代の作品も展示している。だが反共主義の徹底した時代においては、リアリズムの用語さえ、北の「社会主義リアリズム」を連想するものとして忌避されてきた。「民衆美術」のリアリズムは、韓国社会のタブーとのたたかいのなかで獲得されたものなのである。
けれども、この展覧会の面白味は、その作品がとりあげる切実な主題にのみあるわけではない。むしろ、その形式の多様性にこそある。現実を描くというリアリズムの根本精神は共通していても、方法論は一つではないのだ。その特徴は「民衆美術」以後の作家たちにも見られる。ただ、民衆や民族へのこだわりは、日帝支配とそれに続く時代の欧米崇拝が育んだ「近代美術」のあり方への正面からの問い直しなのだといえる。
今回の出品作中で最大のものは、申鶴・淵轡鵝Ε魯・船腑襦法坿攅餮渋綮法愁・廛肇蠅肇・廛好法佞任△襦2I・ャ20㍍の大作で、写真イメージをコラージュした超現実主義的な作風だが、遠景に小さく為政者たちを配し、手前に名もなき群衆の姿を無数に描きこむ。まさに民衆が歴史を動かしてきたことを訴えかける。混沌としつつもダイナミックに発展し続ける社会をこの画家は見据えている。
同時代に韓国社会を生きた人はこれらの作品にノスタルジーを感じるかもしれない。だが、若い人や日本に暮らす人にとっては、いままで気づかなかった韓国現代史の別の側面を知ることになるだろう。本展の開催によって、韓国美術の新たな魅力に気づく人がふえることを期待している。
■民衆の鼓動-韓国美術のリアリズム
日程:7月5日~8月24日
主催:府中市美術館、韓国国立現代美術館ほか
料金:一般600円、高大生300円ほか
℡03・5777・8600(ハローダイヤル)