2月28日、米国を代表する名門オーケストラ「ニューヨーク・フィルハーモニック」のソウル公演が、韓国ソウル市南部に位置する「芸術の殿堂コンサートホール」で開催された(写真・上)。
その2日前、26日に行われた歴史的な北朝鮮・平壌公演(写真・下)の余韻も冷めやらぬ会場には、駐韓米国大使を始め在韓米国人、韓国政財界人や文化関係者など多数詰めかけ、チケットはソールド・アウト。1回限りの公演とあってマスコミの関心も高かった。
午後1時30分にコンサートの幕が開き、指揮者のロリン・マゼールが登場するとホール内に万雷の拍手が鳴り響いた。韓国と米国の国歌が厳かに演奏され、公演がスタート。
第1部はベートーベンの「エグモント」序曲、同ピアノ協奏曲第2番を若き韓国人女性ピアニスト、ソン・ヨルムとの息の合った華麗な演奏で聴衆を魅了した。
第2部はベートーベンの交響曲第5番「運命」を、迫力あるハーモニーで披露。「ブラボー」の掛け声が館内にこだまするなか、観客は総立ちとなって拍手。アンコールでは、平壌の観客も沸かせた叙情的なアレンジが美しい民謡「アリラン」が演奏され、フィナーレを飾った。
今回、7人の韓国系楽団員が南北のコンサート・ツアーに参加したと伝えられる。
その中の一人、バイオリン奏者の韓国系女性は、韓国戦争を体験した両親の元、米国サウスカロライナ州で育った。当初、彼女の家族は彼女が北の地で在米僑胞として注目されることを少なからず心配していた。彼女は北朝鮮の人々との温かなふれ合いを通じて、それが杞憂に過ぎなかったことを知り、(今回の公演参加を)「今や誇りにさえ感じている」と語っている。
また、韓国で成長し米国へ移民した経歴を持つもう1人の女性バイオリン奏者は、「私たちは分断された国土に育ち悲しい現実を体験してきました。これまで(北朝鮮の)人たちにどうアプローチしたらいいのかわからなかったし、交流もなかった。ここに来ることさえ全く考えたこともありませんでした。しかし、平壌で人々と話をして、全く異質な人々と思い込んでいた彼らは私たちと同じ人たち、温かく優しい人たちでした。平壌に来ることなど考えてもみなかったけれど、今は光栄に感じています」と結んでいる。
一行は28日夜、アシアナ航空の特別チャーター便でニューヨークへ向け帰国、歴史的な公演は成功裏に終了した。
平壌公演では、米国民がこよなく愛するガーシュウインの「パリのアメリカ人」を演奏し、「これから先、『平壌のアメリカ人』という曲が作られることになるかもしれない」とマゼール氏が語って、会場の拍手を受けたという。
思想や体制を超越しうる芸術・文化交流の素晴らしさを、単なるセレモニーで終わらせないためにも、韓半島への真の平和の到来が1日も早いことを祈らずにはいられない。
かわかみ・ひでお 音楽ジャーナリスト。1952年、茨城県土浦市生まれ。日本大学芸術学部美術デザイン科卒業。79年より評論、コーディネート活動を展開。著書に「激動するアジア音楽市場」(シネマハウス)など。