「韓国の至宝」「鍵盤の求道者」と呼ばれる韓国を代表するピアニスト、クン・ウー・パイク(白建宇)氏の日本で2度目となるリサイタルが、4月3、6日に東京・紀尾井ホール、同8、10日に大阪・いずみホールで開かれる。来日したクン・ウー・パイク氏に話を聞いた。
奥深い精神世界から引き出される迫力の演奏で、「鍵盤の求道者」とも称されるクン・ウー・パイク氏。
初来日となった2001年のリサイタルでは、ラフマニノフやブゾーニの名曲を演奏して、聴衆を深い感動に導き、「アジア出身で世界で認められた有数の音楽家」として、日本でも知名度をアップさせた。
2度目の来日公演となる今回は、ベートーヴェンの初期、中期、後期のソナタから、「月光」「熱情」「告別」「悲愴」、そして「第32番」などの名曲8曲をまとめて演奏する。パイク氏は2005年から3年かけてベートーヴェンのソナタの全曲録音に挑戦し、日本でもCDが発売されている。2007年には韓国・中国での全曲演奏会を実現させている。
「韓国と中国では一週間かけて全曲を演奏したが、日本公演ではその全曲演奏会の雰囲気を伝えたいと思っている。日本のクラシック界は市場規模が大きいのはもちろん、演奏家、観客ともレベルが高い。その日本のファンの前で8年ぶりに演奏できるのは大きな楽しみだ」
「ベートーヴェンの音楽は聞き手に大きな愛を伝えてくれる。彼の生涯で、恋がうまくいかなかった経験が音楽で愛を伝えることに関係していると思う。彼が伝えようとした恋の昇華、世界への愛、それを表現したい。音楽において、作曲家の世界と演奏家の世界が、本当に一致するときがあるものだ。私自身も経験と年齢を重ねて、ベートーヴェンの人生と重ねあわせることが出来、そして彼のソナタを本当に弾けるようになったと感じた。聴衆に、ベートーヴェン、そして私の愛を伝えられればと願っている」
両親が音楽好きだった関係で、幼少時からベートーヴェンやバッハの音楽を聞いて育ち、ピアノを習い始めた。10歳で早くもオーケストラと共演。15歳の時に奨学金を得て渡米し、ジュリアード音楽院で学んだ。マダム・レヴィーン、イローナ・カボシュ、グイド・アゴスティらに師事、69年にブゾーニ国際コンクール、71年にナウムバーグ国際ピアノコンクールで優勝して、一躍世界の舞台に踊り出た。
82年からパリで暮らすが、音楽と自分自身を見つめなおすため、1年間音楽活動を休止したこともある。
「音楽の道に進んだことは、自分の運命だったと感じている。韓国で生まれ、米国で音楽教育を受け、欧州で生活し、世界の変化を肌で感じながら生きてきた。それらすべてが私の音楽表現に生かされている。韓日中のクラシック界は発展を続け、世界から注目を浴びるようになった。私も音楽を通じて韓日中のクラシック向上と交流に貢献したい」
「私も60歳を過ぎたが、演奏家としてはまだまだと思っているが、若い人たちに一つアドバイスするなら、音楽を真心から愛することだ。これが最も大切であると同時に、一番難しいこと。人を愛し、音楽を愛し、音楽に誠実に接してほしい」
クン・ウー・パイク 1946年ソウル生まれ。韓国語読みはペク・コヌ。61年に渡米しジュリアード音楽院で学ぶ。69年ブゾーニ国際ピアノコンクール優勝。76年に韓国の国民的映画女優、尹静姫と結婚。現在、欧米と韓国を中心に演奏活動を行っている。パリ在住。