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2010/02/26

<韓国文化>実験映画の先駆者キム・クリム

  • 実験映画の先駆者キム・クリム①

                     黒田 雷児さん

  • 実験映画の先駆者キム・クリム②

    キム・クリム 「1/24秒の意味」

 アジアの作家がそれぞれの視点で時代を表現したビデオ作品を集めた、「動くアジア―ビデオ・アートへの招待」が、福岡市の福岡アジア美術館で開催中だ。同美術館学芸員の黒田雷児さんに文章を寄せてもらった。

 韓国の現代美術といえば、長く日本では1970年代末から日本でも紹介されてきた抽象絵画(単色絵画)と、90年代以後のインスタレーションや映像などの国際様式の美術しか知られてこなかった。ようやく近年になって、07年に福岡アジア美術館でも開催された「民衆の鼓動 韓国美術のリアリズム1945-2005」にみるように、80年代から90年代初頭に驚異的なエネルギーと広範な社会的・政治的役割をもって展開した「民衆美術」が少しずつ知られるようになり、日本での偏った韓国美術観は少しずつ修正されてきたかにみえる。しかし、アジアでもとりわけ早く尖鋭な美術が実践されてきた韓国現代美術史にはまだまだ日本に知られていない部分が多い。

 そのひとつが、60年代末から起こった、ネオ・ダダ的なオブジェ、ポップ・アート、そしてハプニング(今でいうパフォーマンス、韓国語では「行為美術」)という、それぞれ異なる方法で、「美術」が現実空間へと拡大していった傾向である。50年代後半から韓国現代美術の主流だったアンフォルメル(非定型)抽象絵画に対して新しい動きの端緒とされるのが、67年12月にソウルの中央公報館画廊で開かれた「青年作家連立展」である。

 この〈無同人〉〈オリジン〉〈新展〉という三つのグループの合同展には、廃品を使った立体などの「ネオ・ダダ的」(60年以後日本では「反芸術」と呼ばれた)傾向やポップ・アート的傾向が明らかになった。この「青年作家連立展」のもうひとつの意義は、美術作品が外部の現実に浸出していく傾向の帰結として、韓国美術史上初のパフォーマンスが行われたことである。

 「青年作家連立展」から半年後の68年5月には、カン・グクチン、チョン・カンジャ、チョン・チャンスンらが2回目のパフォーマンス『透明包装とヌード』を行ない、当時の週刊誌にはチョン・カンジャがスキャンダラスな芸術家として紹介されるようになる。

 一方、「青年作家連立展」には出品していないが、絵画を立体化したり光を使うなどの手段で作品を現実空間に近づける実験を行なっていたのがキム・クリムである。興味深いことに69年にはチョン・カンジャもキム・クリムも人体の皮膚のうえに模様を描くボディ・ペインティングを行なってマスコミに登場しており、これらの美術家の奇矯な行動が、当時の世界で流行していたサイケデリック・アートなどの若者の風俗の一部と見られていたことを示す。

 絵画の立体化・オブジェ化に向かっていたキム・クリムと、〈新展〉メンバーで挑戦的なパフォーマンスを行なってきたチョン・カンジャにチョン・チャンスンという二つの流れが結びついて生まれたのが、69年7月に公開された、韓国史上初の「前衛映画」(日本でいえば「実験映画」)である『1/24秒の意味』なのである。

 この『1/24 秒の意味』の社会的な背景は、朴正熙(パク・チョンヒ)政権による、重工業の育成と輸出産業の進展に支えられた、「漢江の奇跡」とも呼ばれた経済成長、その結果としての急速な都市化である。この作品にも、当時まだ目新しかった高架道路が登場し、都市生活の活気と楽しみを表現しているように見えるが、実は当時の一般市民は豊かさからほど遠く、大量に都市に流れ込んだ農村出身者を含む都市労働者の生活はきびしかった。

 この作品では、あまりに短いために対象を認識できないショット、ストーリーを欠いて無意味に見える場面の連結、モノクロのなかにたまに挿入されるカラー、ネガ・ポジの反転、カメラの回転、途中でかき乱されるリズムなどの映画的技法が、見る人をいらだたせ、落ち着きのなさを強調する。それに加えて、あくびをしたり何かを吐くことで身体的なけだるさや不快感をあらわすチョン・チャンスンの振る舞いもまた、作家たちが決して都市の快楽を味わっているわけではなかったことを想像させる。

 上映会から約1年後の70年6月、キム・クリムは、チョン・カンジャ、チョン・チャンスンら美術家ほか、パントマイム劇団など様々なジャンルのメンバーを集めて〈第4集団〉を結成する。

 老荘思想に基づき、人間の本然の解放、韓国文化の独立、精神と肉体の統合、政治・経済・社会・文化を一体化させる芸術を求める「無体主義」をかかげたこのグループは、集団でのパフォーマンスなど公共空間でのデモンストレーションを行なう。

 この〈第4集団〉前後のキム・クリムの活動は、パフォーマンスだけでなく、郵送によるメール・アート、河畔の芝を焼くアースワーク、美術館の建物に布を巻くプロジェクト、日本の「もの派」を思わせる自然素材を使った作品など、その手法の多彩さ発表の数においても、また時間性やプロセスへの関心というコンセプトの一貫性においても驚くべき実績を残したといえる。


■動くアジア~ビデオ・アートへの招待■
日時:開催中(4月6日まで)
場所:福岡アジア美術館
   (福岡県福岡市博多区)
料金:一般200円ほか
電話:092・263・1100