“韓流”が、広く認知されスタンダード化した日本だが、ここに来てKポップや歌謡曲のみならず韓国文化をさらに深く掘り下げようと言う試みが相次いで行われている。
「韓国の至宝的詩人」として、日本でもその名を知られる尹東柱(ユン・ドンジュ)の作品を日本語と韓国語で朗読した『尹東柱詩集』(キングインターナショナル)がこのほど発売された。
尹東柱(1917~45)は、植民地時代の日本留学中、独立運動に関わったとして逮捕され、福岡刑務所で非業の死を遂げた。韓国では国民的詩人として愛され、その詩は教科書にも掲載されている。
CDを自費制作した天沼律子さんは、今から20年ほど前、詩人の故茨木のり子氏が著書『ハングルへの旅』の中に、伊吹郷氏の日本語訳による尹東柱の詩を知った。
天沼さんは、「詩そのものが持つ清廉で瑞々しい感性に心打たれ、全作品に溢れる純粋さ、抒情性、あらゆるものの存在を慈しみ、愛おしく思う心が、多くの人を魅了してきたことを実感した」という。
また、尹東柱が自分と同じ立教大学に留学していたに深い縁を感じ、「時間は隔たっていても、彼の作品を具現化することによって、かつて尹が書き記した『新しい朝、我らまた心こめて手を取り合おう』という気運が韓日両国間で高まっている」ことを願って、自費制作を決意したとのこと。日本語の朗読は、劇団ピープルシアターで、尹東柱を演じたことのある二宮聡さん、韓国語は大韓聖公会司祭の柳時京(ユ・シギョン)さんが担当している。CDの売上の一部は、4月に立教大学で発足した尹東柱国際交流奨学金に寄付するという。
もう1枚、歴史的音源復刻の話題を紹介したい。往年の名テナー歌手として北朝鮮に渡った永田絃次郎(ながた・げんじろう、本名:金永吉/キム・ヨンギル、1909~1985)の未発表音源が、在日コリアンの音楽プロデューサーとして多方面で活躍する李喆雨(イ・チョルウ)氏の手により発掘され、キングレコードから『甦る幻の名テナー 永田絃次郎(金永吉)』としてリリースされた。
永田は、戦前日本の国際的なソプラノ歌手であった三浦環(みうら・たまき)に見出され、1936年に藤原歌劇団の『蝶々夫人』でピンカートン役を務め、一躍スターダムにのし上った。太平洋戦争を前後して国民歌謡や軍歌、欧州歌曲など多数をSP盤に録音し、「日本一の美声」と称えられるほどの高い人気を誇った。
戦後は民族意識に目覚め、藤原歌劇団のソリストとして活躍する一方、在日同胞のための音楽活動にも積極的に取り組んだ。そして北の帰環事業が始まると、60年に北に渡った。今回発売されたCDには、その直前、東京の九段会館で開催された『さよなら交演』でのライブや、出航直前に新潟港の岸壁で見送りの人たちを前に熱唱した「オ・ソレ・ミオ」「キーンアリラン」などバラエティー豊かな作品21曲が収められている。「キーンアリラン」は、痛恨の別れを歌った民謡で、永田の気持ちが伝わってくる。李プロデューサーが、「この2曲を発見できなければ、CDは断念していたかもしれない」と話すほど、貴重な曲だ。
永田について60年代から消息がわからなかったが、最近になって、85年に病死(享年75)するまで後進の指導を続けていたことなどが明らかになった。永田絃次郎と金永吉、時代に翻弄されながら二つの名前を生きた名テナーに思いをはせながら聞きたいCDだ。
かわかみ・ひでお 音楽ジャーナリスト。1952年茨城県土浦市生まれ。日本大学芸術学部美術デザイン科卒業。79年より評論、コーディネイト活動を展開。著書に「激動するアジア音楽市場」(シネマハウス)など。