10月9日は「ハングルの日」だ。韓国語固有の文字・ハングルを世宗大王が創製・公布したことを記念する日で、韓国では記念行事が行われる。野間秀樹氏(国際教養大学客員教授・前東京外国語大学大学院教授)の著書『ハングルの誕生――音(おん)から文字を創る』(平凡社新書)は、日本の読書人・知識人の間に大きな知的興奮を呼び起こしている。同書の韓国語版が出版社トルベゲからこのほど刊行された。野間氏に寄稿をお願いした。
ハングルの決定的な意義は、〈知〉のありかたを根底から変革したことだと言ってよい。15世紀のハングル創製以前、〈書かれたことば〉の全ては基本的に漢字漢文であった。つまり古典中国語を韓国漢字音で読む漢文である。〈話されたことば〉は韓国語であったのに、それが書かれることはなく、漢字漢文だけが〈書かれたことば〉として存在した。そうした二重の言語構造の中に人々は生きていた。存在論の根底をなすというべき「いる」とか「ある」といったことば、認識論の根幹をなす「知る」などといったことばでさえ、〈知〉ではなかったのである。そうした固有のことばの全てが、ハングルの創製によって〈書かれたことば〉として実現する。細やかな違いを描き分ける韓国語の豊富な形容詞や、これまたその豊富さで言語学者たちをうならせる韓国語の擬声擬態語なども〈知〉の世界に惜しみなく組み入れられるのである。
正祖が臣下に与えた漢文の手紙には、突然ハングルで書かれた擬態語が現れる。漢字漢文で書けなかったありとあらゆるものを、ハングルは書くのである。当時の支配階級の思想である朱子学さえ、ハングルでも書かれるに至る。世界を律する知の全てのありようがこうして根底から変革されたのであった。
こうしたことを可能にしたハングルのシステムは凄い。一つの音節を音節の頭の子音、母音、音節末の子音、そしてアクセントという4つの要素に解析して、それぞれに明確な形を与えた。日本語東京方言の「はしが」は、どの音節を高くあるいは低く発音するかという高低アクセントによって「箸が」「橋が」「端が」と異なった意味を実現する。
15世紀の韓国語にも似たような高低アクセントがあった。こうしたアクセントまで、今日は用いられなくなった〈傍点〉という仕組みで、〈かたち〉にして表そうとしたのであった。ことばの意味の区別に関与するあらゆる要素を〈かたち〉にするという思想。これはもう現代言語学のものである。
ではどうしてこうした思想が可能だったのであろう。ハングルを生み出すことができたのは、何と言っても世宗の天才性が第一に大きい。世宗の思想性の高さは、韓半島の歴史の中でも最高峰に位置づけられる知であるだろう。
そしてその後のハングルによる〈書かれたことば〉の驚嘆すべき速度での発展を見ると、韓半島の〈知〉の成熟が、〈漢字漢文という知の枠〉では既に到底収まりきれなかったのだということがわかってくる。ユーラシア東方の地における〈知〉の成熟が、いわばそうした枠を内部から突き崩したのであった。逆に言うと、王朝における〈知〉はどうしてもハングルを必要とした。韓国語のすべては、どうしても書かれなければならなかったのである。それを可能にしたのが、〈音を用いて字を創る〉という訓民正音の総戦略であった。こうした一連の巨大な変革は、書くことをめぐる〈知の変革〉であって、まさに〈正音エクリチュール革命〉と呼びうるであろう。
◆ハングルの誕生 韓国語版発行
「ハングルの誕生」韓国語版訳者、金珍娥・明治学院大学准教授は、訳者解説「ハングルの誕生の誕生」の中で、「〈知〉という広い視野から見てこそ,私たちはこの〈ハングル〉という文字とハングルの中で生きてきた、著者が言う“類的存在としての人間”として、巨大な知の歓びを共にしうるのである。日本語圏の多くの読者たちの心を捕らえたのは、まさにこうした普遍性であった」と評している。
■ハングルの日記念イベント
韓国ではハングルの日を記念して、さまざまなイベントが開催中だ。
ソウル景福宮・修政殿では、ハングルの創製と変遷の過程や文字としてのハングルの優秀性を紹介した「文字は生きている」を開催中(9日まで)。 世宗大王記念館では、ハングルを使ったデザイン公募展を8日から14日まで開催。光化門広場では、「ハングルサラン(愛)」と題したハングル文化体験コーナーを10日まで設置。
ほかにも、詩人の高銀さんの作品に曲を付けて演奏する「ハングルを歌う」が8日に世宗文化会館で開かれる。また国立民俗博物館では11日、韓国文化をテーマにした外国人スピーチ大会を開く。