◆アウトサイダーの感覚、大切に◆
在日3世の新人作家で、日本推理作家協会の「第61回江戸川乱歩賞」を受賞した呉勝浩さんに、受賞作「道徳の時間」(講談社)について話を聞いた。
――日本ミステリー小説の最高峰、江戸川乱歩賞の受賞おめでとうございます。前回も候補作に選ばれ、受賞に至るまでには苦労も多かったと思われますが、どんなことが思い出されますか。また、今後の抱負をお聞かせください。
受賞作『道徳の時間』については内容が内容なので、のるかそるかだと感じていました。正直に言えば予選通過も不安で、最終候補に残ったという連絡をもらい、心からほっとしました。
苦労と言えば、大き過ぎるテーマを扱ってしまったな、と何度も思いました。登場人物の行動や感情を考えれば考えるほど錯綜してしまい、自分自身が試されているとさえ感じました。
ただ、チャレンジしたという実感はありますし、がむしゃらに挑んだ熱量がこの作品の魅力であると思っています。この熱量は、今後もなくさずに持っていたい。そしていつか、大きなテーマに対しても負けずに、物語として消化する技量や度量を身に着けたいと思っています。
――審査委員の選評にもありましたが、謎の立て方がうまく、次はどうなるのか一気に読ませる作品でした。小説の組み立て方がよどみなく、次々と謎が発展していきます。アイデアはどのようにして生まれたのですか。呉さんがこだわる小説作法というものがあるのですか。
もともと教育についてのノンフィクションを読んでいる時に『道徳の時間』というタイトルを思いつき、これで何か一本書きたいと思ったのが始まりでした。最初にドキュメンタリーを撮りながら進む物語を考え、次に「道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?」というメッセージを思いつきました。二つは別々の企画だったのですが、去年乱歩賞に落選した時、このアイデアがくっついて現在の形が見えました。基本的に、あまりプロットをしっかり作って書き進めていくのではなく、書きながら考えていくタイプです。『道徳の時間』についても「次、こうなったら面白いな」という閃きを逃さないように心がけました。
ただし、この手法だとどうしても全体が破綻しがちになりますので、面白さを損なわずに整合性を持たせるのに苦労するはめになります(笑)。今作でも泣きそうになりながら形を整えようと四苦八苦しました。結局、整え切れなかった部分もあるのですが、それは今後の課題であると同時に、この作品にとっては魅力でもあると思っています。
――単なるミステリー作品に終わらない読後感があります。それは殺人事件の背後にある社会のありようや人間の奥深さを感じさせ、特によそ者や弱者の視点が肝のように思われます。殺人者・向の妹に託されたものは何だったのでしょうか。隠されたテーマについてお聞かせください。
「ルールと道徳」というのが表のテーマだと思います。ルールには万人に通用するペナルティーがあるけれど、道徳のペナルティーは何だろうか。向晴人という男はルールを自ら破りペナルティーを受けることで逆に利益を得ようと企みます。彼にとって、ルール破りがもたらすペナルティーはペナルティーとして機能していません。確かに非常識なロジックですが、私にはこれが決して空想的だとは思えませんでした。
一方で越智冬菜はルールをぎりぎり守りながら、同じような利益を得ようとしています。二人は闘争的な関係なのかもしれない、と書きながら感じました。共通するのは、彼らには道徳を守る動機が欠落していることです。そして自らの殺人の罪を「道徳の問題なのです」と表現した向が見据えていた相手は、彼の企みを面白がるであろう≪社会≫なのだと思います。これは越智にしても同じことです。
もう一つのテーマは「道徳的であろうとする動機とは何か」でした。主人公である伏見がこれを背負って苦しむことになりますが、≪あなた≫という存在がいるかどうか、という点が別れ道なのかもしれません。向や越智は≪あなた≫を喪失していて、伏見にはいた。越智はきっと≪あなた≫を求めていると、私は信じています。それは向なのかもしれないし、伏見なのかもしれない。別の誰かにそれを見出すかもしれない。機会があるなら、彼女の今後を書いてみたいとも思います。
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