◆「非情の世界」を生き抜く◆
往年の名優、ジャン・ギャバンらが活躍していたころの暗黒街やギャングたちは、いまでは、フレンチ・ノワールという、英仏語混淆の奇妙な名で一括されてしまっている。このあおり(?)を受けてか、韓流ノワールなる奇妙な新語が定着しつつある。
韓流ノワールの近作で話題となったのが、『アシュラ』。好意的な批評もあるが、なかには、「もうちっと頭をつかってよ」(北里宇一郎、『キネ旬』、17年4月上旬号)という、それこそ首をかしげたくなるような酷評もある。
それもそのはず、とにかくどぎつく、登場人物が悪玉も善玉も、血だらけになって死んでしまう。ただ、日本映画『地獄でなぜ悪い』(13年、園子温監督)のしつこさに比べると、まだ救いがある。いずれにせよ、血のりべったりの格闘劇は、けっして気持ちのよいものではない。
韓流ノワールで現代の古典ともいうべき傑作は、『友へ チング』(01年、張東健/チャン・ドンゴン主演)だろう。余計なコメントは控えてただ、一見を勧めておこう。しかし後日談の映画化は、あまり感心しない。同じく張東健主演の『泣く男』(14年)は、彼の一人舞台に終始。ただし東健ファンは大満足だったろう。
張東健とならぶ大物スター、李炳憲(イ・ビョンホン)が久しぶりに登場した『インサイダーズ/内部者たち』(15年)は、株式取引ものかと錯覚しかねないが、裏世界に挑戦する男の物語である。この世界と戦うには、その内部に入り込まねばならない、というのが題意である。いわゆる「性接待」の露骨な描写はショッキングだ。
韓流ノワールの逸品といえるのが、『悪いやつら』(11年)。原題が「犯罪との闘い」だと聞けば、盧泰愚(ノ・テウ)時代とわかる。舞台は釜山。政府の取り締まり強化をかいくぐり裏社会での支配圏を拡大してゆく二人の男、崔岷植(チェ・ミンシク)と河正宇(ハ・ジョンウ)の固い盟約。だが、この盟約にも破局が訪れる。ラストで、姿は見えないが河正宇のドスのきいた一声が、新たな闘争の始まりを暗示する。
『青い塩』(11年)の主人公(宋康昊/ソン・ガンホ)は、かつて組のボスだったが、今では堅気として料理教室に通う身。そこでたまたま知りあった女が、じつは彼を狙撃するために送りこまれた殺し屋とは知るよしもない。このモチーフ、どこかで出逢ったと散々考えて思いあたったのが、ソ連映画『女狙撃兵マリュートカ』(56年)。細部が違う点には目をつむっておこう。
つづきは本紙へ