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2017/03/31

<韓国文化>詩人・尹東柱への新たな視覚

  • 詩人・尹東柱への新たな視覚

    たご・きちろう 作家。1956年東京生まれ。1980年NHK入局。95年NHKスペシャル「空と風と星と詩―尹東柱・日本統治下の青春と死」制作。2002年独立。

  • 詩人・尹東柱への新たな視覚

    立教大学で開かれた尹東柱生誕100年の追悼式での音楽会。尹東柱の遺影が左に飾られている(2月19日、東京)

 今年は1945年2月に福岡刑務所で獄死した韓国の国民的詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ、享年27)の生誕100年になる。尹東柱の足跡を長年研究し、「生命(いのち)の詩人・尹東柱 『空と風と星と詩』誕生の秘蹟」(影書房)をこのほど出版した作家の多胡吉郎さんに文章を寄せてもらった。

◆暗黒期を生きた最も純粋な魂 多胡 吉郎さん(作家、元NHKディレクター)◆

 抵抗詩人、民族詩人――尹東柱(1917~1945)を語るに、こうした形容が幾度となく繰り返されてきた。

 すべてが軍国主義と国粋主義に呑みこまれ、多くの朝鮮人作家たちが日本語での執筆に手を染めざるをえなかった時代、尹東柱は最後までハングルによって詩を書き続けた。およそ時局便乗的なところのない至純さが、誰もが認める詩人の真骨頂である。

 1995年、当時NHKのディレクターだった私は、「空と風と星と詩~尹東柱・日本統治下の青春と死~」という番組を制作したが、その頃の私には、詩人を通してこの時代の隣国人の痛みを日本社会に伝えたいという思いが強かった。つまり、おおまかに言えば、抵抗詩人、民族詩人としてのイメージに乗っかったことになる。

 だが、番組制作から20年を超す歳月が流れ、その間、詩人への愛を深め、取材、調査を重ねてきた今の私からすると、尹東柱という人の抱えた世界は、抵抗詩人、民族詩人といった枠だけではとても収まりきれない幅と、何よりも深さをもつものに映る。いつしか尹東柱は私自身の人生における指針として、宝物のような存在となった。

 今年、2017年は詩人の生誕百年にあたる。その人となり、詩世界を見つめ直すには絶好の機会であろう。この2月に影書房から出た拙著「生命の詩人・尹東柱~『空と風と星と詩』誕生の秘蹟~」は、詩人への新しい視覚を開く上では、必ずや何がしかの一助になるものと信じる。

 ソウルの延禧(ヨンヒ)専門学校卒業時に編んだ自選詩集『空と風と星と詩』の成立事情に始まり、生前の尹東柱と交流をもったという日本人詩人との交わりと影響の詳細、同志社大学の同級生たちの証言からたどる京都時代の言動と思想、服役者から看守、アメリカの資料まで総動員して迫った福岡刑務所での最後の日々と謎の死、そして詩集とともに残された27冊の所蔵日本語図書への書き込みやメモから追究する詩精神の在りかと、拙著は主として詩人の「晩年」に焦点を当てつつ、日本との関りの中から新たな尹東柱像を掘り起こしている。おそらく、これまで尹東柱に親しんだ方々にとっても、多くの新しい事実と出会うことになるであろう。

 韓国はもとより、日本でもこれまでにいくつもの尹東柱関連の本が出されてきたが、実証主義的な研究が充分であったとは言い難い。


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