1980年5月に起きた光州事件を描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』が21日から全国公開される。アジア映画研究者の門間貴志・明治学院大学文学部芸術学科教授に文章を寄せてもらった。
◆外国人記者に視点で真実に迫る 門間 貴志(明治学院大学文学部芸術学科教授)◆
1980年5月の「光州事件」は、軍事政権時代の韓国において人権を弾圧した重大事件の一つとして日本でも記憶にとどめられている。
朴正熙大統領の暗殺後に権力を握った全斗煥が起こしたクーデター、そして金大中の逮捕を発端に、民主化を求める学生や市民を中心としたデモが戒厳軍との銃撃戦をともなう闘争へと拡大していった。
事件は長らくタブー視されてきた。民主化以降、言論統制が緩和に向かい、徐々に情報が開示されてはきたが、まだその全容は明らかになったとは言えない。
その意味では、背景などに違いはあれど、1947年の台湾で起こった「二・二八事件」や1989年の北京の「天安門事件」も、国家権力が民衆に武力を行使した悲劇として比較されることもしばしばである。二・二八事件に触れた映画はわずかで、天安門事件の映画はまだ撮られていない。軍事政権時代の韓国では映画の検閲も厳しく、政権の批判は許されず、もちろん光州で起こったことを映画で描くことはできなかった。
最初に光州事件を描いたのは、1988年の独立映画集団チャンサンコンメによる16㍉映画『五月 夢の国』である。光州での民主化運動に参加していたが、戒厳軍との衝突を目前にして逃亡してきた学生を中心に事件を描いたこの映画は、当局の上映中止勧告をはねのけ自主上映で公開され、その後、日本でも上映された。
一般公開された劇映画としては初めて光州事件を扱った『花びら』は1996年に公開された。
事件で精神的ダメージを受けた少女の姿を通じて事件を間接的に描いた。公開当時、事件に関わりのある2人の元大統領の逮捕・裁判があったこともあり、大きな話題となった。
2007年には、『光州5・18』が撮られ、戒厳軍と闘う光州市民を正面から大胆に描いた。原題の「華麗な休暇」は、光州に投入された軍の作戦名である。
張勳(チャン・フン)監督の『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)もまた光州事件のさなか、危険を顧みず取材を敢行したドイツ人記者の実話をとりあげた。この映画のことを知り、事件を伝えた外国人記者の存在はおぼろげながら聞き及んでいたことを思い出す。光州事件を描くのに、まだこんな切り口もあるのだなと感心させられ、また大いに興味をそそられた。
光州の異常事態を察知した東京駐在のドイツ人記者のピーターが取材のためソウルへ飛ぶ。しかし光州へ行く交通手段はほぼ途絶していたため、タクシーをチャーターする。お調子者の運転手のマンソプが、夜の通行禁止前にソウルに戻るという条件で、記者を乗せて出発する。
しかし光州に近づくと幹線道路は軍によって封鎖されている。機転を利かせたマンソプが検問を振り切り、地図にも載っていない山の裏道を駆け抜ける。そして
つづきは本紙へ