◆幻想と狂気の狭間で◆
現在日本で公開中の『22年目の記憶』(イ・ジュン監督、以下『記憶』)は、多義的な解釈を許し、それだけに複数の切り口を可能にする不思議な作品だ。原題は、僕んちの独裁者、といった程度の意味であり、かつてはどこの家にもいた父親を連想させるものにすぎない。だから2014年に製作されたものの、日本のバイヤーに無視されてきたのだろう。
ところが、ソル・ギョング演じるこの父は、後述のように相当変わっている。ある幻想に、22年間も憑りつかれてきたのだ。しかもこの作品よりも先に日本公開されたのが、同じくソル・ギョング主演の『殺人者の記憶法』(17年)ときている。今回の邦題は、これとの連想を期待してのことだろう。
いまひとつ、遅ればせの公開になった背景に、南北首脳会談や米朝首脳会談など、国際情勢の大きな変化が挙げられる。南北関係については、文在寅大統領の前のめり姿勢にある種の危うさを感じる声があり、第1回米朝会談も期待はずれに終わり、今月末の第2回会談が決まった。しかしこれらの事情はともかく、韓国映画に金日成、より正確には、自分を金日成と信じ込んでしまった男が登場するのである。時代の変化を感じさせる。1972年に、南北共同宣言が発表された。私が韓国語の勉強を始めたとき、テキストにこの宣言文が載っていたことを今でも鮮明に覚えている。外国の力を借りるのではなく、自主的に統一を成し遂げるのだと高らかに世界にむかって宣言した、格調高い文書だった。
そして、南北首脳会談にむけての準備が始まった。韓国側ではこの会談に備え、予行演習のため、金日成の代役を募集した。このオーディションに合格したのが、ソル・ギョング演じる売れない俳優、ソングンである。代役には選ばれたものの、それからの訓練が熾烈だった。彼はこの試練に耐え抜く。にもかかわらず南北首脳会談は実現しない。だが彼はいまや、自分が金日成だと信じて疑わない。
それから22年、ときの大統領は金泳三。映画はこのことを明示しないが、韓国の観客ならすぐにわかる。ソングンは息子(パク・ヘイルが好演)との二人暮らしをしている。彼の独裁者ぶりは相変わらずだ。
そんなある日、ソングンに再びお呼びがかかり、
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