ベトナム戦争時の韓国軍によるベトナム民間人虐殺の真相に迫ったイギル・ボラ監督のドキュメンタリー映画『記憶の戦争』が6日、東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開される。門間貴志・明治学院大学文学部芸術学科教授に、同映画について寄稿してもらった。
◆過去の被害と加害の問題を問いかける 門間 貴志(明治学院大学文学部教授)◆
かつて金秋子(キム・チュジャ)が歌った「ベトナム帰りの金軍曹」という軽快な流行歌があった。ベトナムに派兵された金軍曹が手柄を立てて無事に帰還したことを喜び祝うという内容である。歌詞は、帰りを待ちわびた母の喜び、また近所の人々の笑顔を描写する。しかし韓国現代史におけるベトナム戦争の意味を考えると、のんきに歌える歌ではなくなったように思う。
米国の同盟国として、韓国は1964年9月から1973年3月の間、32万5000名の兵士をベトナムに送り出した。それによって韓国は米国の経済援助を得て、それを高度経済成長の足がかりの一つとした。まだ貧しかった韓国は外国に輸出する有力な製品を持たず、ベトナムに軍人を、ドイツに炭鉱夫や看護婦をと、労働力を送り出したのだった。
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