◆繊細でエレガンスな喪失の物語◆
殺人事件を追う刑事と容疑者である被害者の妻が、対峙しながらもお互いにひかれあう姿を描いた朴賛郁(パク・チャヌク)監督の新作サスペンスドラマ『別れる決心』が、2月17日から東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開される。昨年の第75回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した話題作だ。鄭憲アジアン美容クリニック院長に映画評を寄せてもらった。
韓国近代歌謡の歴史をさかのぼると、1930年代から日本による統治時代に入った演歌の影響を受けた「トロット」と呼ばれるメロディーラインが庶民の間で広く親しまれた。
そして大戦終結による独立、また朝鮮戦争(六・二五戦争、韓国戦争)を経て、在韓米軍の社交場で演奏したポップスやシャンソンなども登場し、民放放送開局(1962年)とともに数々のヒット曲も生まれる。
そのような時節、南珍(ナム・ジン)による「カスマプゲ」が大ヒットし、後に国民的歌手となる羅勲児(ナ・フナ)もデビューした1967年、鄭薫姫(チョン・ウンヒ)が謡う「アンゲ(霧)」という曲が世に出た。彼女の澄んだ歌声と、霧の中去った恋人を想う歌詞、甘く哀しいメロディーは、すぐに多くの人々の心に響く。
いま聞いても懐メロと呼ぶ古臭さは全く感じず、カラオケでも広い世代で愛唱される曲の一つである。そして、今回紹介する映画『別れる決心』は、この曲から生まれた作品である。
朴監督がドラマ制作の仕事でロンドン滞在中、韓国恋しさからいろいろな曲をネットで探し聞く中、鄭薫姫の「アンゲ(霧)」から忘れていた若い頃の感情、様々な想いが湧き、この思いをいつか映画で表現しようと考えたとインタビューで話している。
打算や欲ではなく、純粋に誰かを愛し、やがて別れる悲しみを描いただけに、カンヌ国際映画賞でグランプリに輝いた『オールド・ボーイ』(03年)を始めとする復讐三部作や、『お嬢さん』(16年)などの代表作と異なり、過激な暴力や描写を極力抑えた作品となった。
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