――東レが韓国に進出したいきさつは。
当社はレーヨン繊維の製造から出発した会社だが、戦後、デュポンがナイロンを発明して合成繊維の時代が到来した。そこで当社もナイロン、ポリエステル、アクリルの3大合繊を事業化し、1960年代には輸出市場の拡大を図った。当時、アジアでは、韓国、香港、台湾が最大の顧客で、韓国では三慶物産を通じてナイロンを輸出していた。
そのうち同社から自国でナイロン長繊維の生産をやりたいので協力してほしいという依頼があり、63年に三慶物産とケムテックス社が合弁で設立した韓国ナイロンに技術ライセンスを供与した。その後、三慶物産からポリエステルにも進出したいという意向が示され、東レと三井物産が資本参加して69年に韓国ポリエステルを設立した。こうして韓国でナイロンとポリエステルの量産が始まった。この2社は、81年に統合され、コーロンに生まれ変わった。同社の上場などにより、当社の出資比率は現在13%程度まで減少してきているが、トップの定期的な交流が続いており現在でも非常に良好な関係にある。
さらに、69年当時サムスンの創業者である李ビョンチョル様から当社の田代名誉会長に対して、ポリエステル繊維事業を是非一緒にやりたいというご提案があり、72年に第一毛織と合弁で第一合繊を設立、第一毛織の慶山工場を買収してポリエステル繊維の事業を開始した。
――東レは韓国で多くの事業を手がけているが、成功例は。
韓国には現在関係会社が7社ある。成功例の一つとして、電子材料を手がけるサムスン電子との合弁会社STECOとサムスン電機との合弁会社STEMCOがある。
また、アジア通貨危機の際、業績が悪化したセハンが、構造改革の一環としてポリエステルフィルム、ポリエステル繊維、スパンボンドの事業を東レで引き受けてくれないかと打診してきた。そこで合弁事業にしましょうと提案し、支援することにした。当時はポリエステル事業で中国が台頭し、フィルムも供給過剰だったため社内に反対の声もあったが、苦境にあるときは助け合おうと考えて決断。合併で設立した東レセハンは、IT産業の隆盛と共に電子材料の需要が拡大し、立派な会社に成長してきている。
――合弁会社が成功した秘訣はなにか。
特に秘訣ということではないが、パートナーのサムスンやコーロンと永年トップ同士の交流が続き、強い信頼関係ができていることが大きな財産になっている。出資比率は経営環境の変化などにより変化していくが、こちらの出資比率が多い場合でも、常に対等の気持ちで協力関係を維持してきており、また合弁会社のトップには必ず韓国の方を起用している。
韓国での事業は利益率も高い。東レは海外21カ国で事業を展開しているが、海外売上7000億円のうち中国が20%、韓国が米国とほぼ同じ15%を占める。
我々は、自分だけで技術を独占することは、産業界の発展につながらないと考えている。われわれの技術を使って隣人の韓国が発展することによって、産業全体が底上げされ、新しい市場が生まれる。こういう東レの精神が韓国政府に認められ、当社の前田勝之助・名誉会長に日本の民間人として初めて金塔産業勲章が授与されたことをとても誇りに思っている。
――今後の韓国での事業展開は。
韓国は、自動車、ITなどでグローバルに事業展開しており、韓国に部材を供給すると、それが製品化されてアジアや欧米に行く。韓国とのつながりを通じて、他の地域にも展開できるというのが韓国市場の魅力だ。
東レとサムスンは、新しい取り組みとして5年前から互いの強い分野を生かし、何か新しい事業ができないかということで、分野別にテーマを出し合って、材料やデバイスの新商品開発に乗り出している。2005年から5年間で韓国に4億㌦を投資することを決め、そのための新工場を亀尾に建設して事業拡大中であり、今後韓国との関係はさらに深くなるだろう。
さらに、来年は韓国に研究所を設立する計画だ。韓国には技術系の優秀人材が豊富で、目標を設定して開発を推進し、また決められた期限までに研究成果を製品化する能力が非常に高い。こういった韓国の人材に東レグループ会社の研究開発機能の中核を担ってほしいと思っている。
――今後、日本と韓国がともに繁栄していくにはなにが必要か、提言をお願いします。
日本と韓国の貿易は、この5年で7割くらい増え、それにつれて、韓国の対日赤字も増大している。この原因は、韓国の素材・部材産業の規模が大きくないためで、サムスンにしても、成長すればするほど、日本からの輸入が増える。そこで、輸出するのではなく、こちらから韓国に出て行って現地でつくって供給する。日本が持っている強さを韓国で生かして韓国の産業の需要に応えていくことが大事だ。
将来の東アジア共同体を見据え、最先端にある韓国と日本が率先して他国の手本になるような経済連携の枠組みをつくらなければならない。しかし、いまの政治状況をみていると実に歯がゆい。産業界も行動を起こすべきだろう。
日本と韓国の繊維産業連盟は、毎年会議を開いてそれぞれの課題を話し合っているが、今年10月の年次会議で、政治決着を待たずに、産業界が率先して繊維独自のFTA(自由貿易協定)の話し合いを推進することに合意した。こういう行動が他の産業にも波及すれば、政府も必ず動くだろう。