――韓国と交流を開始したのは。
当社は韓国との間で、当社製品である通信機器、コンピュータ、半導体等の日本からの輸出にとどまらず、技術提携等による韓国企業との交流を進めて来た。1960年代後半から交流が始まって、70年にサムスンとブラウン管や真空管で技術提携し、サムスンNEC工業(サムスン電管、現在のサムスンSDI)という合弁会社をつくり、大きな成果を上げることができた。他の韓国の有力企業との通信機器での技術提携の実績もある。
NECの海外事業は戦後の通信機の海外への納入が中心であり、歴史はそれほど古くないが、韓国との事業は、かれこれ40年近くになり、海外事業としては最も古い部類に入るといえよう。
最近では、2001年にSDIと合弁で、次世代フラットディスプレーとして注目を集めている有機ELを手がけるサムスンNECモバイルディスプレーを設立した。これも、2004年にSDIに持ち株をすべて譲渡し、現在は資本関係がなくなっている。
――現在、韓国ではどのような事業を展開しているのか。
96年に開設したNECソウル駐在員事務所は、通信会社・一般企業向けの各種通信機器(ソフトウェアを含む)、郵便関連システム、衛星通信システム、放送システム、各種情報システム関連サービスの販売活動支援、及び市場調査を担当している。2004年に設立した、NECエレクトロニクスの現地販売法人は、液晶ドライバーICやデジタル家電向けシステムLSI、光・マイクロ波半導体に加え、最近ではマイコンやパワーデバイスなどの事業も積極的に展開している。
現在の事業の状況としては、韓国の主要テレビキー局、地方テレビ局へ、デジタル及びアナログテレビ送信機やスタジオ機器などの放送関連システムを納入し、多くのユーザーから高い評価をいただいている。この他にも、郵便自動仕分け機の納入、スーパーコンピュータの韓国気象庁への納入等NECが世界で強みを持つ領域での事業実績を有し、現在も事業拡大を図っている。また、これと平行し、韓国の販売店を通じたサーバ製品の販売等も行っている。
NECは現在、NGN(次世代ネットワーク)の実現を契機とした事業拡大に取り組んでいる。ITU-T(国際電気通信連合・電気通信標準化部門)で標準が策定され、日本国内ではNTTがNGNフィールドトライアルを開始している。このNGNが世界各国に広がる中、NECは、韓国における通信キャリア向けの通信インフラ構築事業の拡大に取り組もうとしている。
――韓国は部品・素材分野が弱く、日本に依存しているが、この関係をどうみるか。
たしかに、特殊な部品を日本がつくり、それを韓国企業が活用して製品化して売るという密接な関係ができている。私どもも、その恩恵を受けている面がある。
NECが出資していた関係で、90年代にサムスン電管の取締役をやっていたが、現在は、半導体や液晶といった何千億円という巨額の資金がいる大きな事業をやっていて、韓国企業の発展には目を見張るものがある。
――NECも韓国に多大な貢献をしたのではないか。
SDIとの合弁では、ブラウン管技術やノウハウを提供し、NECの工場の設備を一部移転し、それをもとにラインをつくったりした。しかし、サムスンが自分たちで開発したものもいろいろあり、それで大きくなった。いまでは、ブラジル、東欧などでも生産し、ブラウン管では世界一と聞いている。
――今後、韓国と日本の間でどのような協力が望ましいか。
70年代後半から80年代に、携帯電話のデジタル化で第2世代が出てきたときに、欧州がGSMという方式の共同開発を進めた。開発完了後は欧州各国が自分たちがつくったシステムだ、これが標準だといって、皆が採用し欧州各国に広がった。
こういった世界的な標準化への取り組みを、韓国と日本、それに近隣の国々を加えて共同でやるべきだ。各国が将来必要な技術やシステムの開発を初期段階から分担して行い、完成させれば、それが各国の標準になる。一緒に開発を分担し、苦労して開発すれば、それが自分たちの標準だと自信を持ち、その製品を一生懸命売るようになるだろう。
日本にも韓国にもライバル同士の企業が多く事業展開している。これが一緒になり、共同で開発をやるのは非常に難しいと思うが、それを是非ともやらないといけない。また両国の健全な関係の発展には、経済協力だけではなく、民間における「対話と交流」を促すことが必要である。そのための一つとして、小学生から大学生まで、特に若い世代をお互いの国に招待し合い双方の文化に触れさせるなど、両国の明日を担う世代の相互理解を深める事業は大変意義深いと認識している。