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2000/09/22

<随筆>◇指揮者金洪才さん◇

 「芸術は人間の祈りが形となったものだ」と言ったのは詩人の宗左近さんである

▼南北分断の悲哀や統一の願いを音に託した作曲家・尹伊桑の作品を初めて耳にしたとき、このことばが切実に胸に響いた。指揮をしたのは、尹伊桑の弟子の金洪才さんだった

▼音楽が聴衆の心を打つのは、演奏に指揮者の人格や個性が投影され、霊感ともいえる至福のときを分かち合えるからだ。在日2世の金さんのタクトは、尹伊桑と共鳴する民族の魂をほとばしらせ、聞いていて戦慄が走ったことを覚えている

▼その金さんが、10月20日にソウルで開かれるアジア欧州会議(ASEM)の祝賀公演に招待され、KBS交響楽団を振ることになった。韓国は父母のふるさとだが、朝鮮籍であるために、これまで一度も足を踏み入れたことはない。南北の雪解けで、また一つ壁が崩れたことを歓迎したい。韓国の聴衆は初めてふれる在日指揮者の演奏にどんな反応を示すだろうか

▼金さんは、国籍が障害となり、これまで国際舞台で活躍する機会がほとんどなかったが、斉藤秀雄賞と渡辺暁雄音楽賞を受賞するなど、その実力はお墨つきだ。これから、世界に羽ばたいてほしいと思う

▼数年前、金さんにインタビューした際、自分の夢は「在日オーケストラ」をつくることだと話してくれた。そのために、韓国籍、朝鮮籍を問わず、才能のある音楽家を発掘しているという。金洪才指揮の在日オーケストラは、どの楽団とも違う音色を奏でるに違いない。ぜひ聞いてみたい。(N)