今年のソウルは冬の訪れが早い。というより秋がいつだったか忘れるくらいアッという間に過ぎ去ったようだ。冬になると冷麺が美味くなる。冷たい冷麺は夏の食べ物と思われがちだが、元々は冬の食べ物として出発した。その理由は以前にも紹介した、鄭大聲著「朝鮮半島の食と酒」に詳しく出ているが、まず、冷麺の主原料として、秋に収穫される新鮮な「そば」と「緑豆」が使われる。
ちなみに冷麺の独特のコシの強さは、緑豆の澱粉によるものらしい。もっとも最近は高価な緑豆に代わって、ジャガイモやトウモロコシの澱粉を使っているようだが、日本でよくつなぎに使われる小麦粉では、鋏で切らなければ噛み切れないような「コシ」は出ないようだ。
次に冷麺のスープとなる大根キムチの汁、即ち「冬沈(トンチミ)」は、昔は冬の保存食として晩秋に作られていた。そういえば当社の裏にある冷麺の名家である「南浦麺屋」の玄関には、製造日が記された「冬沈」の甕が整然と並んでいる。確かに、よく冷えた冷麺を暖かいオンドル部屋で食べる時、冷麺が冬の食べ物であることを実感する。
冷麺といえば「平壌冷麺」。「咸興冷麺」も含めて、冷麺はなぜか北朝鮮が本場と言われているが、この「平壌冷麺」を地元の平壌で味わう機会があった。最初は大同江のほとりにある有名なレストラン「玉流館」だったが、2回目に食べた高麗ホテルの冷麺の方が私には印象深い。というのは、同ホテルでの昼食時、まず定番の焼肉をたらふく食べた後に、最後の食事として冷麺が出てきた。
焼肉の後の冷麺は日本人の腹には量が多すぎるが、ここの冷麺の量は半端ではなかった。金属製の底の浅い器に盛られて出てきたが、この器が実に大きいお化け器である。やや細めの麺の上には、ナシ、スライス肉、キウリなどが綺麗に盛り付けされている。こっそりベルトを緩めて食べ始めたが、流石に本場モノだ。一気に半分くらい平らげた。しかし、それ以上は腹が受け付けない。まわりを見ると、日本人は苦戦しているが現地の人は軽々と平らげていた。残してはまずいなと思って無理やり口に放り込み、最後に持参の胃薬も一緒に飲み干した。
ところで、北が本場といわれる冷麺だが、何年か前に韓国で凄い冷麺に遭遇した。現場は仁川市内の狭い路地の一角にある。確か「元祖ハルモニ冷麺」といったと思うが、お世辞にも綺麗とはいえない冷麺屋さんが何件か並んでおり、どの店も超満員だった。そこの冷麺は大きな洗面器のような器に麺がドカンと入っており、他には氷の破片と白ごまが浮いているだけ。さっぱりして実に美味かった。目から鱗だった。洗面器はすぐに空になった。平壌冷麺の比ではなかった。
もう一度行きたいが、案内してくれた人とは最近、音信不通で場所が分からない。私には「幻の冷麺」である。
(本紙2002年11月15日号掲載)
おおにし・けんいち 1943年福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、昨年7月から新・韓国日商岩井理事。