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2002/12/16

<随筆>◇釜山は「トゥトゥ」にかぎる◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 この夏、日韓共同開催のワールドカップがあり、日本から皇族の高円宮(たかまどのみや)がVIPとして韓国を訪問された。ソウルのほか釜山と蔚山で試合を観戦され、釜山では観光名所になっている港のチャガルチ市場をご覧になった。

 その際、同行の記者から電話があって、殿下が市場でアジメ(?)にすすめられるまま、サメの肉の「テュテュ」なるモノを食されたのだが、これはいかなるものであるかという。はて、「テュテュ」とは初耳だ。おそらく釜山の魚関係の食材だろうが、わからん。余計なことは書かず「サメの肉を食された」くらいにしておけばいいのではないか-といって逃げたのだが以来、「テュテュ」は気になっていた。

 ぼくなりにいろいろ考えた結果、サッと湯がくこと(湯どうし)を韓国語では「テチダ」といい、その名詞が「テチム」になるから、そこからきた名前ではないだろうか?

 つまりサメの肉を湯がいてスライスし、それをコチュジャンで食べるのが「テュテュ」ではないだろうか、というわけだ。とりあえずそうした仮説を立てたところで、真相究明はストップしていた。ところが先ごろ釜山アジア競技大会があって釜山に出掛けたおり、その真相が分かった。

 チャガルチ市場は再建築中で仮店舗になっており、それに客引きがうるさくてゆっくり見物できないので遠慮した。その代わり、市場の近くに「竹」という日式料理屋があったので、逆にこういうところが穴場的でうまいかもしれないと入った。カウンターで魚料理のコースをいただいた。

 食材、味ともよく値段もソウルに比べると安かった。飛び込みとしてはアタリだったが、板前と話していて「テュテュ」のことを思い出した。聞くと本当は「トゥトゥ」だという。ハングルで書いてもらったから間違いない。サメのヒレを湯がいて食べるのだという。

 なるほど、そうだったのか。で、「トゥトゥ」は何の意味かと聞くと「分かりません。音からそういっています」ということだった。「食ってみたい」というと「今は季節ではないのでありません」という。味を体験できず残念ではあったが、ついに「テュテュ」の真相に到達しぼくは喜びいっぱいだった。

 この後、定宿の光復洞のロイヤル・ホテルの横の路地で、辛うじて命脈を保っている名物の「コカルビ(サバ焼き)」を食べ、二次会はこれまた飛び込みで路地の「B」というカフェに入り、民間外交となった。

 ところがここの美形のマダムが愛想がよく、魚の話から「今、サバの夜釣りが盛んです」という。同行に釣りのプロである田代俊一郎・西日本新聞ソウル支局長がいたので、深夜さっそくマダムの案内で松島の先の海岸に釣り見物に出掛けた。確かにやっていた。かなり釣れていたがカタが小さく、あれでは食ってもうまくない。しかし釜山はやはり魚ですねえ。
               (本紙2002年11月1日号掲載)


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。