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2002/10/18

<随筆>◇韓国のナツメロ◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 休暇で日本に一時帰国していて何げなくテレビを見ていたら「昭和歌謡大全集」というナツメロ特集をやっていた。藤山一郎、霧島昇、近江俊郎、伊藤久雄、淡谷のり子、渡辺はま子など勢揃いで、ナツメロ・ファンにとっては随喜の涙だった。多くは故人でほとんどなつかしのフィルムだったが、美空ひばりと鶴田浩二のデュエットなど珍しい場面もあり、たんのうさせてもらった。

 日本では毎年、盆暮れに「テレビ東京」がナツメロ特集をやっており、NHKでも衛星放送の「日本の歌」がナツメロをやっている。ただNHK衛星のは若手に歌わせるというスタイルなので情緒はいまいちである。

 ところで韓国のナツメロは、KBSテレビが毎週月曜日に「歌謡舞台」でやっていてぼくのひいき番組になっている。KBSの長寿番組の1つで司会の金東建アナの語りも味があって楽しい。韓国でもオリジナルのナツメロ歌手は少なくなっているが、いつも一流の演歌歌手が出るのでファンには見逃せない番組だ。

 ナツメロといえばぼくはいつも「涙に濡れた豆満江」の金貞九を思い出す。先年、闘病先のロスで亡くなったが、1980年代の中ごろまでだったか、ソウル中心街のプラザホテル裏の北倉洞に劇場型ビアホール「草原の家」というのがあって、彼は毎日そこで歌っていた。

 ぼくは「草原の家」には1970年代末に初めていったが、そこにいけばかならず彼の「涙に濡れた豆満江」が聞けた。毎日欠かさずトリで登場し、70歳をすぎ元気で歌っていた。ぼくは「ソウルから消えたもの」という本をいつか書きたいと思っているのだが、その一章には「〝草原の家〟と金貞九」を必ず入れたい。

 で、KBSから最近、「KBS歌謡舞台百選」というナツメロCD特集が発売されたので早速、購入した。一つはどういう歌が韓国ナツメロの「ベスト100」になっているのか、ぼくの韓国人研究のためにぜひ知りたかったからだ、まず「ベスト3」は何だと思います?

 「チルレコッ(野薔薇の花)」「クメボン、ネコヒャン(夢に見た故郷)」「ピネリヌン、コモリョン(雨降る顧母領)」-いずれも故郷モノで、なるほどと納得である。その後「ウルゴノムヌン、パクタルジェ(涙で越えるパクタル峠)」「ナグネソルム(流れ者は悲し)」「ボンジオムヌン、チュマク(番地の無い居酒屋)」となっている。

 ところがどういうわけか百曲の中に「コヒャンニョック(故郷の駅)」が入っていない。これはイカン。羅勲児の歌で比較的新しいナツメロだが、ぼくはこれがなくては秋夕(今年は21日)の気分を味わえない。典型的な故郷モノで「コスモス、ピオイッヌン…」ではじまるこの「コスモス」のイメージが、韓国の初秋の情緒を語ってくれていて実にいいのになあ。
                  (本紙2002年9月6日号掲載)


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。