韓国は西洋料理の砂漠といわれてきた。フランス料理などおいしい西洋料理がないというわけだ。おいしい店がないということは、基本的にそれを求めるうるさい客がいないということでもある。
韓国における日常料理の強い性格(?)、つまり激辛系や発酵系の多さがフランス料理のような繊細さにはなじみにくかったということだろうか。
それでも近年はかなりおいしくなったようだ。ホテルなどでは本場から料理人を招いたりして努力している。外国系の洋風外食チェーン店も増えている。江南(カンナム)の洒落た街には洒落た洋風レストランもたくさん生まれ、味の改善が見られる。
本格的な洋風でなくても、軽食のスパゲッティなどは今やブームになっている。国際化時代ということで、韓国人の味覚も今後、確実に国際化、多様化していくだろう。
たださらなる舌の改善のためにはもっと本場の味を味わう必要がある。その意味では、海外旅行でも韓国料理という団体ツアーの食事風景は困る。
ぼくは職場が光化門の近くの貞洞(チョンドン)にある。このあたりで思い浮かぶ洋風レストランとしては、ホテルを除けば教保ビルの「ラブリー」、交差点にあるパン屋の2階の「ナムワ・ピョクトル(木とレンガ)」、景福宮の裏側のギャラリー通りにある「ザ・レストラン」、社稷(サジク)公園の右の路地にある「ソーホー」などだろうか。ぼくの狭い経験としてはこんな感じだ。
このうち「ソーホー」は小さな高級アパートマンションの1階にあって、ギャラリーレストランになっている。いつもピカソやシャガールの小品が展示されており、全体が洒落ていて楽しい。とくに店が小さく明るいのがいい。
この店の片隅には絵のほか、日本で出版された短歌の歌集が何冊か飾られている。店の女主人の李承信さんの母堂である孫戸妍(ソン・ホヨン)さんが日本で出版した歌集である。
孫戸妍さんは戦前、日本で佐佐木信綱に師事して短歌の道に入った、韓国で数少ない女流歌人の一人である。一九九八年の正月には日本の「宮中歌会始」に韓国人として初めて招かれてもいる。彼女のことは日本の国際観光振興会のソウル事務所長だった北出明さんが書いた『風雪の歌人|孫戸妍の半世紀』(講談社)という評伝で紹介されている。
この本の出版は一昨年春だったのだが、その孫戸妍さんが先月、亡くなられた。八十歳だった。韓国では日本の和歌や俳句をやっている人は意外に少ないのだが、惜しい人をなくした。日本文化理解のためにぜひ後継者が出てきてほしいものだ。
ところで「ソーホー」のフランス料理の味だが、ぼくはおいしいと思うのだが、フランス料理の通で夫人がフランス女性という寺田輝介・前駐韓日本大使にいわせると「まだ努力の余地あり」とのことだった。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。