最近は毎朝、出勤のたびに、威勢のいい軍歌(?)で迎えられる。当社が入居しているビルのH銀行は労使紛争の真っ最中なのだ。ビルのロビーには組合員が凛々しい鉢巻姿で勇ましい音楽に合わせて檄を飛ばし、出勤者や来客を驚かせている。韓国の罷業(ストライキ)は実に派手である。そして常に音楽付きである。
当地には農楽といって、鐘と太鼓を売り物にした伝統的な民族音楽があるが、この鐘と太鼓が罷業を盛り上げる貴重な武器となる。数年前、市内の某有名ホテルで長く続いた罷業でも、この鳴り物が活躍した。かなり以前だが日系の某社でも、賃貸ビルの一角というのに朝から割れんばかりのボリュームで音楽をガンガン流して、内外の注目を集めていた。激しいのは音楽だけでなく、相手を糾弾する言葉も凄い。ヤクザも顔負けの罵詈雑言が並ぶ。罷業の対象が当初の目的から外れて、どんどん拡大するのも常である。待遇改善がいつの間にかセクハラ糾弾に発展した例もあった。
罷業と共に、当地でよく見かけるのが、政府や特定の企業に対するデモである。ここでも鳴り物が必需品である。2年ほど前だが、同じく当社が間借りしているビルの前で、一風変わったデモが繰り広げられた。デモの主旨は、あるマンションの施工業者が完成前に倒産し、H銀行より購入資金の融資を受けた顧客は入居もできず資金も殆ど帰って来ず、一方、銀行には契約どおり金利を含めて返済しなければならない、という悲惨な出来事が発生、途方にくれたマンション購入者が銀行に対し、高い金利免除などを要求してデモをかけたようだ。
デモ参加の人たちは全員、白装束に身を包み、頭には葬式の時の独特の被りものという異様ないでたち。音楽も葬式の時に流すやつで、地の底から唸るような音声である。この音楽に合わせて参加者は一日中、手に持った鳴り物を時には荘厳に、時には激しく打ち鳴らして、行進していた。リーダーの指揮に合せた演奏(?)は見事であった。
周りには「謹弔」とかかれた看板が一面に立てられていた。まさしく伝統的葬式である。一体、誰が演出したのか知らないが、素人芸とは思えないほどの出来栄えであった。当事者には申し訳ないが、参加者はまるで楽しんでいるような風情さえあった。この葬式デモも実に長かった。お陰で我々はこの独特のパーフォーマンスにすっかり馴らされて、葬式デモが消えた後はかえって落ち着いて仕事ができなかったものだ。
ところで経済成長著しい韓国にあって、今ひとつ伸びない外国企業進出の一番の障害が、頻繁に起こる労使紛争と言われて久しい。通貨危機以後は一時沈静化していたが、最近また激しくなっている。これまではやや控えめな外資企業も、最近は積極的に政府に進言している。政府も改善努力を約束している。でも、個人的には、葬式デモのような見事な古典芸術は保存して欲しいものだ。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。