いつごろからだったのでしょうか。ソウルにこんなに犬が増えたのは。確かこの国では犬は増えない筈なんだが と云っても丸々と太ったいかにもうまそうな犬ではありません。10匹の中の9匹までが可愛い衣装をつけた愛玩用の犬のことです。
10年位前まではこんなには居なかったはずで、我が家に初めてお目見えしたヨークシャの雌コンニム(犬名)がヨチヨチ歩きの頃は近所でもそんなに見掛けませんでしたから。それがここ10年位の間にアッという間に普及というか流行というかヨークシャ、マルチーズ、チワワ、プードル、シーズなどの小型犬からアパート団地でゴールデンリトリーバを飼っている強者も現れる始末です。
私は江南のアパートに住んでいるのですが日曜ともなると愛犬を連れた老若男女で漢江沿いの散歩道はそれこそ愛玩犬銀座歩行犬天国となります。昔は退渓路の大韓劇場のあたりからズラッと仔犬の問屋街(?)だったのですが、今は江南にも小ぎれいなブティックを思わせる愛玩犬専門店がたくさん出来てます。犬病院、しかも24時間営業、休みなしの病院(ただし猫は差別されて病院がありません。この国の猫は可哀相です)が私の狭い行動範囲の世界に2軒もあります。
こと程さように今のソウルは、あたかも徳川5代将軍綱吉時代の「お犬様」の観を呈しているのですが、ここから日韓犬比較論に発展して行きます。まず犬飼育環境説。私が専攻した犯罪社会学には犯罪遺伝説と犯罪環境説と云うテーマがありますが、「ソウルでの愛玩犬の急増は人間様の住宅環境に関係ありと見つけたり」と云うところです。勿論日本でも韓国でも庭付き一戸建ての家はそんなに問題はなかったのでしょうが、アパートとなるとその広さたるや比較になりません。最近でこそ若夫婦向きの17~20坪のものが売り出されていますが、大体が35坪以上、犬の2、3匹も飼いたくなるのでしょう。
次が韓国女性(韓国では男性は余り犬を飼いません。犬も本能的に危険を感じて飼われたがりません)の持つ自己愛強烈発揮対象物所有欲の強さでしょう。母と子の絆の強さはどこの国でもおなじでしょうが、それから離れねばならない時の落胆の度合いは韓国の母の方が見境なく感情を表現するという意味で日本の母より強いでしょう。その代わりの対象として「お犬様」が選ばれたのです。母と子に例を取りましたが勿論男と女にもなりうる訳です。
今私の家にはヨークシャテリアが2匹居ます。熟年夫婦の味気ない生活の中で共通の話題となり、共通の遊び相手として息子の代わりをつとめています。本当に可愛いものです。しかし私はほんのたまにですが「テンチリ」も食べます。(テンチリ:大体ニュアンスでお分かりでしょうが分からない人は韓国の男の人に聞いて下さいね)その感覚のアンバランスの怖さに自ら眼をふさいでいるのです。
たぐち・りょういち 1943年満州国生まれ。東京都立大学人文科学部卒。69年ヤクルト入社、71年韓国ヤクルト出向。94年から同社共同代表副社長代行。