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2003/05/23

<随筆>◇大相撲ソウル場所のこと◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 この6月、ソウルで開催が予定されていた日本の大相撲が延期になった。東アジアで流行している新型肺炎下の海外遠征が気になったことや、経費問題などが理由のようだが、いずれは実現しそうだから楽しみに待ちたい。

 ぼくは以前から「韓国での日本文化理解のためにはぜひ大相撲とタカラズカを」と主張してきた。タカラズカは別の機会に論じるとして、様式美、型の美、緊張の美、動と静の美…それが商業化されたスポーツで表現されている大相撲には、まさに日本の伝統文化の面白さと深みがあるからだ。

 で、先に大相撲ソウル場所の計画が発表された際、そのPRで土佐ノ海と韓国出身の春日王の二人の力士がソウルを訪れ、テレビ出演した。KBSテレビの朝の人気番組「朝の広場」だったが、春日王が意外にしっかりした話っぷりで、韓国語で日本の大相撲のことを懇切に説明していたのには感心した。しかも彼は母子家庭で育ち、日本の相撲で成功してお母さんに親孝行できた話などさわやかに紹介していた。実に好青年でファンになってしまった。今後の活躍を祈りたい。

 おシリ丸出しで超肥満の日本の相撲について韓国人たちは、以前は「チングロップタ(気味悪い?)」などといっていたが、近年はNHK衛星放送などによる馴染みもあって拒否感はなくなり、ファンは多い。春日王や玉力道など韓国人力士の進出でこれからさらにファンは増えるだろう。

 ところで韓国人の関取では、後にプロレスで有名になった力道山が草分け的な存在だ。故郷が咸鏡南道だったこともあって近年、北朝鮮が民族的英雄として大いにもてはやしている。北で作られた劇画の伝記があって日本でも翻訳されている。それを読んだ知り合いによると、力道山が入門した二所ノ関部屋での修業時代、稽古では当然、大いにしごかれるのだが、それをまるで民族差別の拷問のように描いているという。やれやれ。

 後にプロレス時代の力道山に入門した大木金太郎ことキム・イル(金一)から直接聞いた話だが、力道山の弟子たちに対するしごきは、これまたすごいものだったという。ちなみにキム・イルは老境の現在、ソウルのさる病院でさびしく療養している。

 二所ノ関部屋のきびしい稽古に耐えて関取になった男に、以前このコラムで紹介した天津灘がいる。彼は日本生まれの在日2世で、昭和30年代に幕内で活躍した。二所ノ関部屋では大鵬の兄弟子にあたる。

 引退後、1970年代末からソウルにきて日本料理屋をやり、忠武路の「自阪(ジャパン)」で成功した。日本名では「高畑」といい先年、七十歳で亡くなったが、彼が晩年、入院していた病院とキム・イルの病院が近所で何かの因縁を感じる。

 大相撲ソウル場所の前に旧「自阪」の馴染みたちと追悼の飲み会をやろうといっていたのだが、これも延期だ。
             (本紙 2003年5月2日号掲載)


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て現在、産経新聞ソウル支局長。