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2003/04/11

<随筆>◇バス通勤のススメ◇ 新・韓国日商岩井 大西 憲一理事

 大邱の地下鉄火災事故が起こってから、バス通勤者が増えたと言う。交通事故の多い韓国では、バスより地下鉄が絶対安全と言われていたが、今回の悲惨な事故はこれまでの定説を覆した。地下鉄も危ないとなると、一体何に乗ったらいいのだろう。

 もともと街なかを我がもの顔で走っているバスは、韓国の売り物である「乱暴運転」の代表選手と言われ続けて来た。それだけに事故も多い。かなり以前であるが、私が釜山駐在時、某商社の釜山所長が乗った乗用車が大型バスの下敷きになって即死したことがあった。彼の乗用車は普通に走っていたが、対向車のバスが車線を越えてのしかかって来たのだ。韓国のバスはなぜこんなにぶっ飛ばすのだろうか。一説には、運転手の給与が路線を往復した回数に応じて歩合で支払われるから必死で飛ばすのだと聞いたことがある。

 それにバスの数がやけに多い。ある統計によると、ソウル市内のバスは約8500台。バス会社は約60社。競争が激しいのだ。これで交通渋滞の中を縦横無尽に走るわけが分かった。それでも、最近は運転マナーがずいぶん良くなったと思う。以前は、満員バスの中に乗車スペースを作るために、時々急ブレーキをかけて乗客を荷物のように圧縮して詰め込んでいたが、最近はこれほどの乱暴運転はなくなった。

 バス通勤には楽しみもある。専用車線を走るので交通渋滞でもスイスイ。運転手さん(韓国では技師ニム)も個性があっておもしろい。朝から演歌のテープをガンガンかけている人、近くの乗客と世間話に興じる人、ぶつぶつと独り言を言っている技師ニムもいる(危ない)。

 以前、かなり混んでいるバスに乗った時、前に座っている中年女性にカバンを引ったくられたことがあった。一瞬、「?」と思ったが、立っている小生のカバンを当たり前のように持ってくれたのだ。さすが「東方礼儀之国」である。バスでも地下鉄でも老人が乗って来れば乗客は直ちに席を譲っていた。韓国にはシルバーシートは要らないと言われていた。いずれも過去形である。今はすっかり変わった。老人が立っていても座ったまま平気で携帯電話に興じる若者。シルバーシートを占領する学生。日本とあまり変わらない。

 評論家の四方田犬彦先生によれば、韓国人が好んで使う、共同体の代名詞である「ウリ(我々)」の内側では極めて礼儀正しい韓国人であったが、最近の若者はこのウリ意識に反発して個人主張が強くなったのが原因という。困った変化である。ところで、先日乗った通勤バスでのこと。小生の前に座っていたうら若き女性は、時折、小生の顔を盗み見しながら恥ずかしそうにしていた。

 「もしかして彼女は私に気があるのかな?」。勝手な想像をしながら会社に着くと、ビルの受付の女性もいつになく愛想が良い。すっかり気分を良くして会社のトイレに行って愕然とした。「社会の窓」(ズボンのジッパー)が開いたままだったのだ。
                 (本紙 2003年3月21日号掲載)


  おおにし・けんいち  福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。