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2004/11/12

<随筆>◇タクシー悲話(エレジー)◇ 韓国双日 大西憲一 理事

 金浦空港で飛び乗ったタクシーのキサニム(運転手)は最初は愛想がよかったが、外国人に評判のよくない韓国の運転マナーに話が及ぶと、途端に身構えてきた。

 「日本人なら聞いて欲しい。我々運転手も乗客にはできるだけ親切にしようと思っているが、まずタクシー運転手の実情を知ってもらいたい」

 「一般タクシーの基本給は60万ウオン前後。毎日会社に約9万ウオン払った後の収入は全て個人の収入になるが、景気はますます悪くなり、交通渋滞は酷くなる一方。最近は一日中走り回っても10万ちょっとが精一杯。燃料代も一部個人負担なので、日によっては赤字の時もある」(確かに厳しい話だ)

 「もともと韓国のタクシー代は安すぎる。4人乗っても最短距離なら1600ウオンだが、バス代は1人900ウオン、4人なら3600ウオンになる。こんなバカなことがありますか?」(話しているうちに段々興奮してきた)

 「最近の不況は深刻だ。今日も空港で2時間待っていた。仁川空港なら3時間以上待つのが普通。その挙句、近距離の客を捕まえたら涙が出る。それでも笑顔ができますか?」
 「それに近頃はマイカーが増えて来た。一杯飲んでも電話一本で奥さんや子供がマイカーで迎えに来る。携帯電話の普及も我々には逆風だ」(自分の言葉でさらにエキサイトして、早口のソウル弁を機関銃のようにまくし立てた)

 「代理運転も頭に来る。どこにいても1万5000ウオン位で代理運転手が飛んでくる」

 「最近はコールバンという大型白タクもいて、客をかっさらって行く」

 「性売買特別法には参った。風俗業はお客さんも従業員も我々の上得意だが、法律施行以来、利用客はバッタリ止まってとどめを刺された。我々も大被害者だ」

 「私は個人タクシーなのでまだマシだが、それでも規則で1カ月20日以上は働けず、大学生と高校生の子供2人を抱えてお先真っ暗だ」。(身につまされる話だ)

 「不況で会社を退職してタクシー運転手になる者は多いが、あまりの酷い実態に1カ月位で皆去って行く。一部のタクシー会社は運転手不足で車の稼働率は50%くらいだ」

 「ヨン様ブームで確かに日本の旅行者は増えたが、皆さん、旅行社手配のバスか、乗っても近距離。それにしっかりお釣りは取って行きますよ」(少し耳が痛い)

 「運転している時は1ウオンでも多く稼ぐため血眼になる。最近は食事をしない人も多いので顔色も悪くなるし声も出ない。ゆっくり交通マナーを守っていては生きて行けない。日本のように収入が安定していれば、我々も負けないくらいのマナーを見せますよ。悪いのはぜ~んぶ政府」

 一つ一つごもっともなお話に返す言葉もなく、下りる時に小さい声で、「ご苦労様。頑張って下さい」と言うのが精一杯だった。もちろんわずかのお釣りは辞退した。


  おおにし・けんいち  福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。今年4月、韓国双日に社名変更。