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2004/10/15

<随筆>◇白岩温泉◇ 韓国双日 大西憲一  理事

 遂に念願の白岩温泉に行って来た。少し大袈裟だが、昔から気になっていながら未だ征服していない名勝地の一つが白岩温泉だった。秋夕の連休にふと思い立っての一人旅だが、帰省客で満員の浦項までの航空券を手に入れるのに苦労した。浦項からはバスの旅。秋夕前なので相当の交通渋滞を覚悟していたが、意外と道路はガラガラだった。

 車窓に続く東海の白波を見ながら、ヨンドク・テゲ(カニ)で有名な盈徳を経由して約2時間で平海に到着、ここで白岩温泉行きのバスに乗り換える。年代モノのバスには、地元の老人に交じって大きなバッグを持った若者達も乗り込んで来た。皆、田舎のバスには場違いな華やいだ雰囲気で、顔にはもうすぐ家族に会える喜びが溢れていた。
 私の前に座った長い髪のアガシも、偶然乗り合わせた同級生との昔話が弾んでいた。平海から温泉までは約20分、曲がりくねった山道の両側には薄紅色の可憐な百日紅(サルスベリ)の花が満開だった。

 百日紅は私の好きな花の一つだが、終点まで延々と続く薄紅の並木は見ごたえ十分で、早速、私はこの通りを「百日紅街道」と名付けた。最近不況のためか客足がイマイチという白岩温泉の客寄せに、このロマンチックなネーミング使えませんかね。

 ところで、同じ温泉でも日本と韓国ではかなり違う。日本の温泉はお湯の効能だけでなく、ひなびた宿屋や露天風呂など自然を売り物にした独特の情緒が味わえるが、韓国の温泉はほとんどがホテル風の近代的な建物の中にあるので、日本人には物足らない。山の中の名湯・白岩温泉はもしかして違うかも? と期待したが裏切られた。ただ、お湯は日本のどこかとは違って本物だ(と思う)。

 ここは53度の高温硫黄泉で、糖尿病、通風、関節炎などに効くらしい。私にも気になる病気ばかりで、勇んで銭湯風大浴場に向かったが、湯船の横では一物を堂々と晒しながら垢すりを受けているマグロ状態のオジサンもいて、正に銭湯状態であった。サッパリした後、食欲を満たすべく、近くの盛り場に繰り出したが、秋夕のためか人通りはまばら。大通りに面して数件並んでいるカニの活け造り屋の一つに入ったが、ここには何と、先ほどバスで見かけた長い髪のアガシがいるではないか。 威勢のいいオカミが、「大邱のホテルで働いている長女が久しぶりに帰省した」と嬉しそうだった。美人の娘が自慢のようだ。運命的な出会い(?)に私も嬉しくなって、水槽の中でうごめいている大物を大胆に2匹も注文したが、水槽によって値段が違う。
 正直なオカミの説明では、安い方はロシア産、高い方は北朝鮮産。韓国産は11月でないと出荷されないのだと。ちなみに、韓国で一般的に売られているほとんどのカニはロシア産で、本物の「ヨンドク・テゲ」は庶民には手が出ないほど高いとのこと。知らなかった。

 すっかり暮れて冷え込んできた山の温泉だが、不況の中で健気に生きている母娘の回りには暖かい空気が溢れていた。


  おおにし・けんいち  福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。今年4月、韓国双日に社名変更。