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2004/07/16

<随筆>◇武橋洞界隈◇ 韓国双日理事 大西 憲一 氏

 昼飯は会社員の大きな楽しみの一つだが(それだけが楽しみという社員もいるが)、約5年前に事務所が武橋洞(ムキョドン)に引っ越してから楽しみが倍増した。武橋洞は市庁の裏一帯で茶洞と接しているが、この界隈には近代的な高層ビルに囲まれて昔ながらの庶民的な韓国風レストランが軒を並べている。

 武橋洞といえば「武橋洞ナクチ」すなわち、水ダコの激辛炒め料理が有名だが、ナクチ以外にも我々の舌を堪能させてくれる個性的な店が目白押しで、しかも安い。昼メニューなら5000ウオンでお釣りが来る。

 まず代表的な店が「ブゴクックチブ」。昼食時はいつも長い行列が出来ているが、ここでは言葉は要らない。「ブゴクック」(干しダラのスープ)一品しかないからだ。一品だけで36年の歴史を誇っている。淡白な中に深い味わいがあって誰でも病みつきになる。特に二日酔いに最高である。

 韓国人好物のタラ料理では他に外換銀行裏の「ウオン・テグタン」。こちらは冷凍タラのぶっ切りと大ぶりな大根のスープで、連夜の深酒で疲れた胃を優しく癒してくれる。いつ行っても超満員だ。二日酔いが多いのだ。焼肉の部に移ると、「ブゴクック」対面の「チョンウオンカルビ」が大衆的な魅力で一杯。まず店の前の日本語の看板「済州生首サル」に度肝を抜かれる。サルの生首料理ではない。済州島豚肉の首の部分の焼肉である。ここのお勧めは「オーギョプサル」。「サンギョプサル」は日本でも馴染みの豚の三枚肉の焼肉だが、オーギョプサルは五枚肉?きっぷのいい「昔の美人」風アジュンマが気軽に焼酎に付き合ってくれるのも悪くない。
 焼肉といえば近くの「五六島」の釜山式スライス牛肉の塩焼き「ソクムクイ」のアッサリ味と、こま切れ肉がたっぷり入った濃厚な味のテンジャンチゲのコンビが絶妙だ。元駐在員のH氏は帰国後も「五六島」のテンジャンチゲが忘れられなくて、出張で再会した時は感涙にむせびながら何度もお代りしていた。

 本格的焼肉なら「チャムスッコル」。店の入口に積んであるクヌギの木の炭俵が食欲を誘うが、全羅南道光州から毎日直送される新鮮な牛肉、特に生カルビは絶品。とろけるような味はまるでマグロの大トロと間違うほどだが(誉めすぎか?)、量に限りがあり予約しないとありつけない。ただ、味に比例して値段も張るので食いすぎに注意しよう。

 異色はハナ銀行裏通りの「南浦麺屋」。ここでは北朝鮮平安道の地元料理「チェンバン」が珍しい。真鍮のお盆風浅底鍋に牛肉の薄切り、茸、春菊などがたっぷり入ったすき焼き風で、北の情緒が楽しめる。店の玄関には大根の漬物汁である「トンチミ」の入った甕が仕込み日の順番に並んでいるが、このトンチミを使った平壌冷麺も北の風味を伝えている。

 「南浦麺屋」の並びに洒落た風貌の韓国レストランが出来た。若者が現代風音楽を聴きながらキムチチゲをつついている。店の名前が「まら」。危ない名前だ。主人に名前の由来を聞いた。「何となく響きがいいと思ってつけただけ」。最近、女性客が増えたそうだ。


  おおにし・けんいち  福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。今年4月、韓国双日に社名変更。