日曜日の昼食時はテレビで忙しい。「全国のど自慢」が日韓同時に放送されるからだ。SJC・高杉会長の中央日報へのコラム記事によれば、KBSのど自慢は80年より、NHKのど自慢は何と46年より続いているとのこと。まさに国民的人気番組である。
この人気の秘訣は何だろうか? まずは出演者が身近な素人であること。次にのど自慢の舞台が国内全土を巡回していること。つまり、のどに自信のある人は誰でもこの番組に出演できる資格があり、運良く参加できた人はテレビの全国ネットで放送されるのだ。テレビの視聴者も故郷の親戚や幼馴染に遭遇する楽しみもある。いわば国民に最も密着した番組である。
日韓同じような番組でも中身はかなり違う。韓国の方はとにかく賑やかである。全国ネットともなれば緊張するはずだが、韓国の素人歌手は皆堂々としている。歌というよりパフォーマンスである。ベテラン・コメデイアンの司会者・宋海氏との掛け合いも面白い。時にはバンドマスターも引っ張り出される。会場では必ず数人のアジュンマ(中年女性)が歌に合わせて踊り出す。アジュンマ・パワーはここでも健在である。出演者の選曲がやや古めの演歌中心というのも、オジサンにとっては親しみやすい。
それにしても出演者の歌唱力にはいつも驚かされる。もともと韓国人の声のボリュームには定評があるが、加えて最近のカラオケブームで練習十分。国民総歌手である。普段、実直な顔をしている取引先の重役さんも、接待でカラオケバーに行くと途端に一流の歌手に変身してマイクを離さない。
私が始めて韓国に足を踏み入れた83年にはまだ韓国にはカラオケがなかった。高級クラブには一人演奏の移動式バンドがあったがここは高すぎて庶民的ではない。会食で酔いが回ってくると、目の前の箸と食器が楽器に早代わりした。韓国の食器は金属製なので演奏に適している。今でも時折り酔いに任せて食器演奏を始めると、ニヤリと笑いながら懐かしそうに演奏に加わる年配者もいる。
韓国人は国民総歌手と言ったが例外もある。それは釜山時代の同僚のKさん。彼が得意の「長崎は今日も雨だった」を大きな地声で歌いだすと、同席のアガシは皆トイレに立った。初めて聞かされた客はその夜は夢でうなされる事になる。でも彼のスケールの大きい音痴ぶりは却って好感を持たれて、いまや中堅企業の社長さんである。
ところで今年80半ばの小生の母もカラオケ大好きで、田舎の老人会では必ず得意の喉を聞かせていると自慢していた。そして数年前にNHKのど自慢が近くで開催された時、満を持して予選に参加した。普通に歌えば年齢的に予選通過の可能性は高い。ところがNHK衛星放送での中継には母の姿が見えない。私の電話での質問に母は力ない声で答えた。「予選で伴奏が始まったら頭の中が真っ白になって、歌詞が一言も出て来なかった」。私の小さなハートは母親譲りなのが分かった。
おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。