11月1日から4日間の短いソウル滞在だったが、まるで何年振りかのような体験を味わうことになった。
それは清渓川。以前、高速道路だったところを掘り起こし、再び元の川を取り戻した清渓川の再現だった。ただそれだけのことなのだが、都心の高速道路を壊し、下の暗渠を掘り起こすのは並大抵のことではなかったろう。
地下鉄の市庁駅で降り改札を出ると、そこには清渓川の美しい写真が貼られていた。道順が示され駅を出て慶福宮に向かって歩けば4、5分のところ、分かりやすい。
ゆっくり歩くうちにかなりの人だかりに出会う。聞くまでもなく清渓川だ。川はそこから始まっている。噴水が吹き出ていてその周りで多くの人々が記念写真を撮っている。こういう観光スポットは自国の人々はあまり興味を示さないのが一般的だが、平日の午後というのにソウル市民が大勢押し寄せている。
川といっても漢江の大河とは全く異なりせせらぎと言った方が当たっている。道路から3、4㍍下をそのせせらぎが流れていくのだが、それに沿って遊歩道が続いていて、そこを散歩できるのがなんともゆったりしていた。お年寄りがゆっくり手をつないで歩いて行く。子供連れも多く、おなかの大きな妊婦さんがやけに目立った。ところどころに渡り石が置かれていて反対側の遊歩道に行けるのも面白い。
柳が植えられ、名の知らない草が茂っている。緑地を大切にしましょうなどと注意書きも見られる。暫く歩くうちに左の護岸タイルに王様一行の行列が描かれているのを見つけた。かなりの絵巻物になっていて、楽士が打つ音色がいまにも聞こえそうだ。そんな数メーター下から見上げるソウルのビルがやけに高く見え、こんなに高いビルがあったのかと今更ながら再認識させられた。
1時間近く歩いたろうか、少し疲れを覚え上に上がってみるともう東大門市場だった。地下鉄駅にして5つ歩いたことになる。この大都会のソウルの街をこんなにゆったりと歩けるなんて思ってもみなかった。
あくる日、ソウルジャパンクラブに用があって行った。昨日、清渓川を見てきたと話したところ、市庁舎の前だってずいぶん変わったでしょうと言われた。市庁舎前のロータリーがどうなったのだろう。勧められるままに行ってみた。ここでもう一度目を疑うことになった。車が走り回っていたロータリーが消え、跡に大きな芝生が横たわり、周囲に菊の鉢と噴水。中にのんびりと数羽の鳩が餌を啄ばんでいた。
清渓川再開の歴史がまるで歴史絵巻のようにパネルで紹介されていた。こんなのがあると知っていたら予め読んでいくのだった。まあ、それはそれでよい。しかし、ソウルに一体何が起こったのだろう。周りの市民たちがなんとなく自信ありげに歩いているような気がした。
ソウルは緑と水を取り戻したのだ。それがなんとも心の余裕になっているようだ。
たけむら・かずひこ 1938年東京生まれ。94年3月からソウル駐在、コーロン油化副社長などを歴任。98年4月帰国。日本石油洗剤取締役、タイタン石油化学(マレーシア)技術顧問を歴任。茨城県鹿嶋市在住。