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2005/10/28

<随筆>◇在日一世の漢詩人たち◇ 崔 碩義 氏

 李恢成や金鶴泳、梁石日といった作家たちの描く父親像は甚だ芳しくない。無学文盲な上、家族に暴力をふるう最低の在日一世として描かれている。しかし、これらの作家の父親が、たまたまそうであったのかも知れないが、一世の多くがそうであった訳では決してない。

 在日一世たちは戦前からずっと、ありとあらゆる民族的な差別と困難を乗り越え、生きるために精一杯苦闘してきた。こうした歴史の上に、今日の在日の姿があるということを忘却してはならないと思う。

 今日は堅苦しい話は棚上げにして、かつて在日一世の中に漢詩を愛好する人がかなりいたということを話題に取り上げたい。そういった一世たちは、子供のころ、書堂で漢文を学んだ比較的知識層に属する人である。彼らの日本での職業は漢方医、不動産屋、社会活動家、商業が割合多かったようだ。

 なかでも千葉県に住んでいた李泓郁氏は高名な漢学者であったと伝えられている。そのほか東京の金秉稷、秦坪源、大阪では慎宗宣、魏成沢、文正明、奈良の泛基薫、京都の柳敦植、神戸の全海建氏などがよく知られる。

 解放後になって、朝鮮人漢詩愛好者たちは「竹林詩社」(東京)、「海東詩社」(大阪)を組織して、花鳥風月をはじめ、個人間の贈答詩、祝賀詩、挽詩などを詠み、また祖国の南北統一の思いを漢詩に託したのである。

 だが、在日一世の高齢化が急速に進み、また、二世、三世たちも囲碁やゴルフを趣味にする人はいても、漢詩などに風流を求める人はほとんどいなくなった。こうしたことが重なり、1973年に大阪の海東詩社が「願祖国平和統一漢詩集」を出して以来、在日同胞の表立った漢詩活動は途絶えてしまった。

 ここで、文正明、全海建、泛基薫の3氏の業績に簡単に触れてみたい。

 大阪市東成区に居住していた文正明氏は、放浪詩人金笠の漢詩に魅せられて『金笠詩集』(1953年、啓明出版社)を復刻した。その功績はとても大きいといわねばならない。私もこの本にはずいぶん世話になった。

 神戸の全海建氏(号は華山)について言えば、1980年に『全海建漢詩集』を出版して注目を浴びた。なお、その詩集の巻頭に友人である元心昌、李栄根、李千秋、宋景台、許昌斗、尹秀吉といった社会活動家の写真が入っているのも興味深い。なお、全海建氏は戦前から民族独立運動、消費組合運動を積極的に推進したことでも知られ、日本の特高警察にずっと監視された。解放直後は朝鮮人連盟兵庫県本部結成準備委員長に担がれるなど人望が高かった。

 奈良の泛基薫氏(号は儉喬南)は『儉喬南志言』(1991年)という大変立派な漢詩集を出された。のちに子息の泛善鎬氏がこれを韓日両国語に訳して『儉喬南詩集』として出版したことも高く評価される。

 最後に、在日漢詩人の詩篇を幾つか紹介するつもりであったが、次の機会に譲ろう。


  チェ・ソギ 在日朝鮮人運動史研究会会員。慶尚南道出身。最近の著書に『在日の原風景-歴史・文化・人』(明石書店刊)などがある。