日本では近年、クマが人里に現れ人間が襲われたなどというニュースがよくある。自然環境や生態系の変化が原因か?などと議論の対象になっている。一方、韓国では農作物に対するイノシシの被害が近年、よく話題になる。そしてイノシシが人里によく現れるといい、この秋にはソウルの市街地にまで出没したというニュースもあった。生態系の変化でイノシシも山に棲めなくなり、山から下りてきたということだろうか。
ところで十二支のエトの最後は「亥(い)」で、日本では同じ発音から「猪(イノシシ)」をあてているが、韓国では「テジ」になっている。「テジ」とはブタのことである。韓国では貯金箱もブタのかたちになっているように、ブタは福をもたらす縁起のいい動物なのだ。
イノシシとブタは兄弟である。ブタとはイノシシが家畜化したものだからだ。したがって日韓でエトの最後がイノシシとブタに分かれていてもいっこうに構わないのだ。ただ韓国の場合、日本とちがってブタとイノシシの親戚関係はもっと近い。なぜなら韓国語でブタは前述のように「テジ」でイノシシも「メッテジ」といって、言葉に親戚関係がはっきりと残っているのだ。
問題は「メッテジ」の「メ」である。辞書を引くと「山(やま)の古語」とある。なるほど「メッテジ」つまりイノシシは「山ブタ」―野生のブタなのだ。実に分りやすくすっきりしている。
この「メ」については面白いことがある。たとえば韓国ではソバのことを「メミル」というが、この「メ」も山を意味する。「ミル」は麦のことだ。つまり「メミル」―ソバとは「山の麦」というわけだ。なるほど、納得である。古語で山を意味する「メ」がついた単語はいくつかあるが、山びこを意味する「メアリ」もその関係じゃないかな。
ところが現在の韓国語ではこの固有の言葉の「メ」が消滅し、みんな漢字語の「サン(山)」になってしまっている。「サンに登る」「あのサンは美しい」「江原道はサンが多い」 。これをぼくは“韓国語の悲劇”と大げさに言っているのだが、「メ」がイノシシやソバなどにしか残っていないのは、やはり寂しいではないか。
ソウルに出没したイノシシの関連でいえば以前、市中心部の「宗廟」に子ずれのタヌキの親子が棲みついているというニュースがあった。中心部では珍しく木立があるところだが、市街地の方がネズミなどエサになる小動物が多いせいかもしれない。
韓国人は野生動物が“強壮”とか“補薬”にいいといって大好きだ。自然保護のため当局は取り締まりに懸命だが密猟は絶えない。しかし復元された清渓川にはさっそく漢江からコイがのぼってきたという。ただ川は浄化すれば元に戻るが“山”の復元はむつかしい。そして“メ”の復元はもっとむつかしい?
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。