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2005/10/07

<随筆>◇清涼里の話◇ 産経新聞 黒田 勝弘 ソウル支局長

 ソウルの東大門からずっと東の方に行くと清涼里がある。ぼくらオールド・ウォッチャーにとって「チョンニャンニ(清涼里)」というと妙なイメージがある。ひとつは以前、韓国人の会話に「そんなとんでもないこといっているのか!チョンニャンニゆきだな!」というのがよくあった。もうひとつは「チョンニャンニといえばオーパルパル」だ。

 後者は紅灯街の代名詞みたいなものだが、最近は街のイメージ改善策や取締まり強化でその風景も風前の灯という。意外に分からないのが前者で、ぼくも最初は何のことか分からなかった。実は清涼里には昔から精神病院があるのだ。韓国における最初の本格的な精神病院は清涼里にできたため、その種の連想ゲームになったようだ。

 というわけで清涼里のイメージは人びとにとっていまいちだったのだが、最近、釣り紀行の関係でよく出掛ける鉄道の「清涼里駅」でぼくはそのイメージを再認識している。ソウル駅に次ぐ2番目のターミナル駅であるにもかかわらず実にさびしく不便なのだ。

 韓国鉄道の幹線である京釜線や湖南線に比べ乗降客の少ない京春線や中央線など、江原道や忠清北道、慶尚北道の田舎の方につながる路線のターミナルということもあるが、それにして不便きわまりない。

 まず、国鉄である地下鉄1号線の「清涼里駅」とターミナルがつながっていない。テクテクと階段を上がったり下がったりしながら駅前広場に出て、そこからさらに駅舎に向かう。駅に着くとまた長い会談を登らされ、線路上の高い位置のある切符売り場や改札口のあるロビーに行く。この駅にはエスカレーターがない。じっちゃん、ばっちゃん、子供連れはもちろん、ぼくもフーフーだ。

 鉄道の旅で清涼里に帰り着く。お疲れだからタクシーに乗ると、駅前から都心への左折が禁止されていて、逆方向に右折し大回りして都心に向かう。遠回りだから料金も当然かさむ。この時、疲れがドッと出て不愉快になる。殺風景きわまりない駅前広場のさびしさを含め、韓国鉄道庁さんよ、本当になんとかしてちょうだい。

 それでも釣り紀行には清涼里は欠かせない。江原道や忠清道の川や湖に釣りに出掛けるには鉄道を利用する。現地では駅からタクシーに乗ってポイントに行く。帰りはケイタイでタクシーを呼び駅まで送ってもらう。韓国は田舎も実に便利で、マイカーがなくてもけっこう釣り紀行を楽しめるのだ。交通と通信は韓国は完璧である。

 そんな感じで先ごろ韓国淡水魚の代表である「ソガリ(コウライケツギョ)」の名所「丹陽」に中央線に乗って行ってきた。雨後で水量が多くて釣果はいまいちだったが、何とかソガリ
一尾と「コッチ(コウライオヤニラミ)」を二尾ゲットできた。中央線も京春線も山あり川あり湖ありで風景がいい。ターミナルの清涼里駅の殺風景と不便さが余計に目立つというものだ。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。