韓国の盛夏は「ポンナル(伏の日)」で今年は「初伏(7月15日)」「中伏(7月25日)」「末伏(8月14日)」となっているが、まだ「参鶏湯(サムゲタン)」を食するにいたっていない。
韓国では近年、盛夏の強壮食としてはイヌのポーシンタン(補身湯)よりサムゲタンの方が一般的だ。その背景には女性たちがイヌは敬遠するということもある。韓国社会も近年は何かにつけ女性の好みが優先する。女権伸張の時代で女性も男性に負けず「ポンナル」に強壮食を求める。その結果、サムゲタンが人気というわけだ。もちろんイヌよりトリの方がはるかに安くもある。
女性中心時代だから、サムゲタンにも最近は女性用ともいうべきミニ・サイズがある。トリを半分だけ使った「パンゲタン」というやつだ。漢字では「半鶏湯」となるが、このネーミングに対しぼくはいつも異議を呈している。「参」の半分なら一・五だから「一・五鶏湯(イルチョムオーゲタン)」ではないかーといっていつも店の人をからかうのだ。毎度のことながら、こんなやりとりも韓国での食の楽しみである。
というわけで「ポンナル」のランチタイムに「パンゲタン」でもと思って出掛けたのだが、職場に近い光化門一帯の店はどの店も長蛇の列で入れない。「初伏」も「中伏」も失敗したのだ。後はラストチャンスの「末伏」を期するしかない。
一方、新聞ニュースによると最近は「ポンナル」にトリに代ってアヒルも人気という。韓国語ではアヒルは「オリ」というが、ソウルでは近年、ちょっとしたアヒル料理ブームで、チェーン店など専門店が多い。これまた女性時代を反映して「オリ肉は健康食品で美容にいい」などと、健康・強壮とともにダイエットを売りにしている。硫黄をエサに育てたアヒルを、黄土のカプセルに入れて蒸し焼きにしたなどいう凝った料理もある。これなど豪華薬膳風で実にうまい。
アヒルは肉を鉄板で焼いた焼肉もいいが、ナベはもっといい。煮込んだ後の赤辛い汁を最後に飯にかけて食えばさらにいい。「ペキンダック」にあやかって「ソウルダック」と銘打ち、こんがり燻製風に焼いた皮を食べさせる店もある。近年、韓国の食ではアヒルもお勧めだ。
夏の食話でイヌ、トリ、アヒルときたが、日本人にとってはやはりウナギがほしいですねえ。実は今年の「中伏」は満員のサムゲタンをあきらめてウナギにした。これはぼくの発案というより、知り合いの韓国人が気を利かしてぼくを誘ったのだ。出掛けたところはソウル市内から車で一時間ほどの臨津江のほとりだった。昔からウナギ屋があるところで最近、大型専門店ができているという。
鉄条網越しに臨津江の流れが見える景色のいい店だったが、その超大型ぶりには驚いた。客の収容能力500人、ウナギを焼くおばちゃんたちが20人もいるという。郊外型だから客のほとんどはマイカー族だ。屋外にも席があり風情もある。ウナギのカバ焼きが山盛り出てきた。これをチシャやゴマの葉で包んで口に入れる。身も柔らかく味も悪くない。
昼飯にウナギを飽食し、ソウルへの帰途を急いだ。
臨津江の川向こうに北朝鮮が見える。ちょっぴり申し訳ない気分になりながら車を走らせたのだった。
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。