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2005/02/18

<随筆>◇2月の想い出◇ 山中 進 氏

 雑文を書いていてふいとカレンダーを見ると、明日はソルナル。韓国に居れば旧暦正月を楽しむことになろう。そしてテポルム(陰暦1月15日)の祭祀が続く。
そんな事で30余年前、単身赴任でのソウルの下宿住まいで触れた韓国の家庭生活と祭祀の想い出が浮かぶ。

 初めて韓国でソルナルを迎えた朝、家主達家族はソウル近郊の実家へ祭祀に行くとの事、私はいつもの挨拶程度で済ませたが、世話になっているシクモ(女中さん)にはセべトン(お年玉)を気持ちばかり差し上げた。

 その日の夕食のテーブルに、チョルピョン(可愛い模様の付いたお餅)が添えられてあった。セベトンを頂いたお礼だと、照れ笑いを溢れさせながらシクモは言う。ちなみにチョルピョンは、ソルナルに家族みんなが揃って食べる風習があるとのこと。

 それから数週間後のある朝、食事が運ばれて来た。見ると赤飯のようだ。まさか今日が私の誕生日とは、知るはずもないのにと思った。彼女はテポルム、テポルムといいながら、台所へ戻って行った。

 出勤して仕事の合間に、鄭チョン専務にテポルムの意味を尋ねた。テボルムとは陰歴1月15日の事。この日はクルミや銀杏、松の実を食べて、1年間の息災を願う風習があり、もち米、小豆、粟、きび、黒豆の五穀で炊いたオゴクパプ、いいわゆる五目飯をこの日に食べる習慣が、昔から韓国にはあるとのことだ。

 いや~、今日は私の誕生日なので偶然とはいえ、これは運が良いですねと言うと、鄭専務や、話しを聞いていた周りの人達も、それはめでたい、めでたいと持ち上げてくれた。

 夕方、鄭専務が「さあ、山中部長、行きましょう」と部屋へ来た。「エッ?どこへ… 」 。「決まっているじゃないですか。部長の誕生祝いですよ !! 」。それを聞いた周りも「さあ、さあ」とせっつく。かくして5、6人の集団は貫鐵洞から武橋洞へと、寒さと人が渦巻く中へ繰り出したのであった。

 料理店のオンドル房、例によってお菜の類がどさっと並んだテーブルの真ん中には、燃え盛るコンロに載った大鐵鍋。少し太り気味のおかみさんは、その上に大皿の肉や野菜を、長い箸で派手に盛り上げる。野菜類はニラやえごま、春菊など、匂いのきついものが多い。 

 鄭専務の音頭取り、「健康で!」と皆の祝杯を受けると、勧められるままに鍋の中の薄い肉を口に運ぶ。滑らかな口ざわりだ。悶々と湯気を立てた石の器には肉がたっぷりのスープ。その上にもニラや春菊、噛むときつい匂いの実も播かれている。おずおずとスッカラク(匙)でスープを口に入れる。肉は意外に爽やかな旨さだ。なぜか、子供の頃田舎で食べた兎の肉のことが、一瞬頭をかすめた。何の肉か尋ねると、みんなは互いに顔を見合わせて明るく笑った。かくしてソウルで迎えた誕生日は、狗肉料理の初体験であった。  

 店を出た私たちの目の前、南山の空には、一年でいちばん大きいといわれるテボルムの満月が輝いていた。


  やまなか・すすむ 東京生まれ。広告会社勤務時代に大韓航空、韓国観光公社を長年担当。ソウル駐在経験もある。NHKハングルテキスト他にイラストとエッセーも執筆。